*5*





卒業式を終えて外に出ると早咲きの桜が花びらを散らしていた。空は薄水色に晴れ渡っているけど、胸元のリボンを揺らす風は冷たい。そんな中、私は必死に宍戸くんを探していた。今まで勇気が出せなかったけど、最後に話しておきたくて。
高等部に上がっても同じクラスになれるとは限らない。同じクラスでも話しかけられなかった私が、違うクラスの宍戸くんに話しかけるなんて出来そうにも無い。クラスメイトである今なら、最後の日なら、話しかけてもおかしくは無いはずだと。

「あ、宍戸くん!」
「ん?」

振り向いた彼のブレザーに、釦はもう無かった。思わず目を瞠る。

「おー、か。どうした?」
「あ、あの……色々お世話になりました」

私の言葉に宍戸くんはふきだした。

「そんな大した事してねぇよ。あれから一人で帰ったりしてないだろうな?」
「う、うん」

本当はたまに帰っていたのだが、怒られそうで嘘をつく。気付かれなかったようで宍戸くんは満足そうに頷いた。

「なら、いい。……それに、俺も世話になったしな」
「……え?」
「いいんだ、分からねぇなら」

宍戸くんは笑う。その笑顔が眩しくて、思わず胸を抑えた。
……ああ、どうしよう。
宍戸くんの前に立つと、私の胸は一杯になる。宍戸くんの笑顔を見るだけで、声を聴くだけで胸に落ちる感情は、軽くてすぐに飛ばされそうな花びらのように頼りない。でも、何時しか胸の水面は夥しい花びらで埋まっていた。

「あの、」
「ん?」
「釦、無いね」
「ああ。何かさっき女テニの二年が来て、くれって言われたから」
「そ、そうなんだ……」

落胆の表情を浮かべたのが分かったのか、宍戸くんはからかうように言う。

「何だよ、落ち込んで。……お前も欲しかったとか?」
「え!」

かあ、と顔が熱くなる。宍戸くんは驚いたように目を見開き、見る見るうちに顔を赤らめた。

「あ、違っ、や、違わないけど、そのっ、」

こんな筈じゃ、無かったのに。ただ話すことが出来れば、と思っただけだったのに。咽喉が詰まって言葉にならない。胸の奥から咽喉までびっしりと花びらが詰まっているかのように。言い澱んだ私を見た宍戸くんは口元を押さえ、ため息をつく。

「どっちなんだ?」
「……違わない、です。……私も、宍戸くんの釦、欲しかった……」

大きく息を吸い込んで告げる。途端に恥ずかしくなってきて俯いた。

「……お前、いつも泣きそうな顔してるよな」
「……え?」

以前も言われたことのある言葉に顔を上げると宍戸くんは言った。

「何か、放っておけねえ」
「えっ?!」
「実は俺、お前の事が……あー、その、何だ、何つうか」

心臓の音が喧しいくらいに全身に鳴り響く。自惚れかもしれない、そんなに都合のいいことが私に起こるわけない、そう思ってみても、同じ気持ちで居てくれるのではないだろうかという思考は私を侵食していく。その時、目の前が霞んで宍戸くんの姿が急にぼやけた。

「なっ、泣くなよ!」
「泣いてな……、あれ?」

頬に手をやると濡れていた。どうしてか涙が止まらない。宍戸くんは私にハンカチを差し出す。

「ご、ごめんなさ、」

伸ばした手にハンカチが触れる事は無かった。宍戸くんが手にしたハンカチで私の頬を拭ったから。驚きで涙が止まる。

「ったく、」

宍戸くんは苦笑を浮かべた。

「春休み、」
「え?」
「春休みな、お前、暇か?」
「う、うん……」

そっか、と宍戸くんは晴れやかに笑う。

「じゃあ、どっか一緒に行こうぜ」
「いっ?! え、でも、いいの?」
「何が」
「その……私とで」
「当たり前だろ」

宍戸くんはそっぽを向いて小声で続けた。

「……そん時、さっき言えなかったこと、言うから」
「……うん」

目の前だけでなく胸の中にも花びらがまた、舞った。


('06.5.19)


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