草に吹く風・2
「最近は?」
仁王がコートを見つめたまま言った。コートの中では弦一郎が柳生と丸井とジャッカルと何やら話し込んでいる。四人に視線を合わせたまま、何が、と訊き返す事はせずに答えた。
「別に何も」
「折角また話せるようになったから?」
「それもあるな」
曖昧な会話を交わしていると隣に立っていた赤也が眉間に皺を寄せていた。
「センパイ達、何の話をしてるんスか」
「何じゃろうね?」
く、と仁王は咽喉の奥で笑った。
先日が部室に来た事で、いとこであるのが明らかになった。しかし、仁王には一年の頃からその事実を知られていた。入学してしばらく経った頃、当時と同じクラスだった仁王は唐突に言った。
「柳って、と何かあると?」
いとこである事を殊更隠そうと思っていた訳では無い。声高に言いふらすつもりも無かったが。仁王の慧眼に感服しながら、いとこだ、と告げると、興味があったのか無かったのか、分からない様子で頷いた。何となく、仁王は誰にも言わないだろうと思っていたが実際その通りだった。そして、仁王はそれ以上のことを気づいているようで。
「……まだその時期じゃない、とは思ってる」
「……珍しかね、お前が本心ば言うて」
瞠目した仁王に言う。
「訊きたかったんだろう?」
「……気には、なっとったかな」
薄く笑いながら仁王は漏らした。
……珍しいと言いたいのはこっちの方だ。
柄にも無く、気にかけてくれていたようだったから。まあ面白がっている部分も多いのだろうが。俺が笑うと、赤也はますますワケが分からないという顔で言う。
「……だーかーら! センパイ達は何の話をしてるんスか?」
その言葉に俺と仁王はまた笑った。
***
「ただいま」
「お帰り。ちゃん待ってるわよ」
座敷に行くとの姿は無かった。姉は麦茶をグラスに注ぎながら言う。
「あ、蓮二の部屋よ」
「……珍しい」
「今日は特に暑かったでしょう。座敷にはエアコン無いから」
確かに今日は、記録的な猛暑とかニュースで言われていた。いくらが暑さに強いと言っても、この暑さでは干からびてしまう。二人分のグラスを受け取り、階段を上がった。
*
部屋のドアを開けるとは待ちくたびれたのか、眠っていた。伸ばされた指の先には本が開かれたままになっている。本棚から出され、積んであるのは読み終えたものだろう。俺を待つ間に何冊読んだのだろうか。
「」
肩からバッグを下ろし呼び掛ける。返ってくるのは規則正しい寝息だけだった。
……一度寝たらなかなか起きないからな。
丸くなって眠るに、思わず嘆息する。
……危機感というものが欠如しているのではないだろうか?
うっすらと開いた薄紅色の唇にくちづけてしまいたい。それでも、泣かせたくなくて触れられない。ため息をついて、毛布をかけてやった。毛布からはみ出た手を入れてやろうと、手を取る。エアコンの効いた部屋で寝ていたせいか、の手は冷たくなっていた。
小さな手は頼りなく、柔らかく。その感触に胸が躍った。短く切り揃えられた爪がつやつやと光っている。包むように握ると手の中に納まってしまいそうだ。
は、俺が遠くなった気がして話せなくなった、と言った。俺が変わってしまった、と。でも、変わったのは俺だけじゃない。
何時の間にこんなに柔らかな線を持つようになった? 光を放つようになった?
女の子、だったいとこは、何時の間にか女になっていた。容易く壊してしまえそうで、迂闊に手を伸ばせない。
ふ、とは嬉しそうな笑みを浮かべ俺の手を握る。
……何の夢を見ているんだか。
横に腰を下ろすとは寝返りを打ち、俺に寄り添った。
……こいつは。
何度目になるか分からないため息が出る。
「う、」
寝言か、と顔を覗くと目を開けた。俺の姿を認めると、ふわり、と笑う。
「……お帰り、蓮ちゃん」
「ただいま。こんなにエアコンを効かせていると風邪をひくぞ」
「暑かったのよう」
起き上がろうとしたは手を握られている事に気付いた。
「れれれ蓮ちゃん?!」
「どうした?」
知らぬフリで言うと顔を赤くする。
「手、手が、あの」
「冷たくなっていたからな」
惜しみつつ手を離すとは身を起こし困ったように俯いた。
「それより、今日はどこが分からないんだ?」
はきょとん、とした顔をした後、頬を膨らませる。
「違うもん」
「違う?」
「……何かなきゃ来ちゃいけないの?」
思いがけない事を言われ呆気に取られた。徐々に浮かんできた笑みを見ては眉間に皺を寄せる。
「私、変な事言った?」
「いや」
……に関してはデータなんて当てにならない。
はいつもデータから外れた事をするのだから。無意識にそれをやってのけ、俺を嬉しくさせる。
「それは悪い事を言ったな」
「や、別にいいんだけど……」
「送って行こう。もう、遅いから」
「……うん!」
***
頬を撫でる風は昼間に比べると幾分か涼しくなっていた。は、星が綺麗、と呟いて楽しげに歩いている。
今は、このままでいい。しばらくは俺の気持ちに気付かないままで。
焦る事は無い。今までだって、待てたのだから。
何より、無邪気に微笑むの顔を曇らせたくないから。
「!」
「うあっ」
上を向いたまま歩いていたは電柱にぶつかりそうになっていた。
「……気を付けてないと転ぶぞ?」
呆れて言うとはごまかすように笑う。
「えへへ……はーい」
それまでは、優しい“いとこ”の座に甘んじていよう。
('04.10.29)
BACK / >花に降る雨
|