花に降る雨・2
灰色の空を見上げたらため息が出た。
……何でこんな時に。
このまま立ち尽くしている訳にもいかないので、傘を差して歩き出す。纏わり付く湿気や、靴が濡れるのは不快だけど、雨にけぶる世界を観るのは好きだ。
「あ、れ……」
甘い香りがした気がして顔を上げると金木犀が咲いていた。星みたいな小さな花にひかる雨の露。
……蓮ちゃんちの庭の金木犀も咲いてるかな。
姿を見ずとも咲いた事が分かる、甘い香りを持つオレンジ色の花。
*
小さい頃、蓮ちゃんと二人で探検していると金木犀を見つけた。落ちた花びらを集めて嬉しそうにしている私を、蓮ちゃんは呆れたように見ていた。
「、蜂みたいだな」
「ええー? 蜂は花びらを集めないよー。蜜を集めるんだもん」
「そうだな」
そう言って、微かに笑う。私も安心して笑った。
「……見てて、蓮ちゃん!」
両手一杯になったそれを、高く放る。降ってくる金木犀の花びらはオレンジ色の放物線を描いて地面に落ちた。
「……ね?」
「……ね、じゃないだろう。お前、金木犀まみれだよ」
くすくす笑って私の頭に付いた花びらを取ってくれる。えへ、と誤魔化すように笑って、されるがままになっていた。
「髪が、甘い匂いになってる」
蓮ちゃんは私の髪に鼻を埋め、また、笑った。
*
……今考えると私ってばか?
ていうか、恥ずかしい。
あんなに近付く事なんて、もう出来ない。また、話せるようになったのは嬉しいんだけど、何だか前と勝手が違う気がする。同じくらいだった背は何時の間にか大きく引き離された。背中も、声も、手も。蓮ちゃんは、男の人、になってしまった。それでも、笑顔や、差し出される手が優しい事に変わりは無くて、私の胸は苦しくなる。以前と同じ事も、平静に受け止められなくて歯痒い。蓮ちゃんに優しくされる度に、嬉しいのに、頭がぐちゃぐちゃになってしまう。
この前の件があってから、その傾向はますます強まった。
あの日以来、蓮ちゃんを見ていない。蓮ちゃんが移動教室で教室の前を通るという時も、必死に見ないようにした。見たいのに、会いたいのに、見たら泣きそうな気がして。何で泣きたいのか分からないんだけど。分かりかけている気もするんだけど。傘をくるくる回しながら、またため息をついた。
***
「こんにちはー」
「あら、ちゃん。いらっしゃい」
伯母さんはそう言って笑う。母に持たされた袋を差し出した。
「これ、お父さんから。お土産だそうです」
「いつも有難うね」
ちら、と玄関に並んだ靴を見下ろすと、伯母さんは笑った。
「蓮二、まだ部活なのよ。引退したって言うのにね」
「べ、別に、」
「雨だから帰りは早いと思うんだけど。上がってく?」
「いえ……」
会いたいのに、会いたくないなんて。居ないのが好都合だと思うなんて。相反する気持ちで胸が一杯になって唇を噛んだ。
「じゃあ、またいらっしゃいね」
微笑んだ伯母さんに頷いて、蓮ちゃんのお家を後にしようとした。
……あ。
甘い匂いについ口を開く。
「金木犀、咲いてますね」
「ええ。……そう言えばちゃんは金木犀が好きだったわねえ」
「あ、はい」
「思い出すわあ。蓮二と金木犀まみれになって帰って来た事があったでしょう」
「……はい」
恥ずかしくなって俯いた。伯母さんはくすくす笑って続ける。
「庭を造る時ね、蓮二が金木犀を植えてくれ、って言ったのよ」
「え……」
「が喜ぶだろうから、ってね」
「そうだったんだ……」
「だから、また今度ゆっくりいらっしゃいね。金木犀は、結構時期が短いから」
「……はい!」
('04.11.22)
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