花に降る雨・3










雨が降る前のせいか、教室の中は蛍光灯が点いていても薄暗い。秋雨前線の影響で今週は雨、なのだそうだ。

ー、あたし帰るけど、大丈夫?」
「え……何が?」

私は読んでいた本から視線を上げずに返す。

「もう、暗いんだから程々にして帰りなさいよー? 雨、降り出しそうだし」
「んー……」

のため息が聞こえた気がしたけど、本に没頭していた私はただ頷いた。





「……あっ」

ふと気付くと、教室には誰も居なかった。
……こうなるから家で読もうと思っていたのに。
読了してしまってから思ったって遅いのだけど。
携帯を見るとからのメールが来ていた。気をつけて帰るように、という内容のメールを見て嬉しくなると同時に申し訳無かった。はいつもこうして気遣ってくれるのに、私はそれに甘えてばかりだから。
……ひょっとしたら。
蓮ちゃんも、そうなのかもしれない。私が甘えるから、蓮ちゃんは優しいから、突き放せないだけで。その思いつきに、一つため息をついて、窓を閉めようと立ち上がる。

「うー……ん」

両腕を挙げて、背中を伸ばす。ずっと同じ姿勢で居たから、体が固まってしまったようだった。外はさらさらと音を立てて雨が降っている。
……これじゃあ、帰ってしまってるよね。
テニスコートに目を凝らしたけど、暗いせいか見えなかった。窓を閉め、鍵をかける。バッグに本と携帯を入れていると、足音が近付いてきて教室のドアが開いた。


「れ、蓮ちゃん?」

蓮ちゃんは、私を見ると大きなため息をついた。

「何故居る……?」
「え、だって私、このクラスですし……」
「そうでは無い。こんな時間まで何をしていたんだ」

何処か怒った口調に私は何も言えなくなった。蓮ちゃんは私の手元に目を遣り、納得したように頷く。

「また、本を読んでいたのか……」
「……うん。蓮ちゃん、テニスしてたの?」
「ああ。さっき終わった。ここの電気が点いていたから、気になって見上げたんだ。そうしたら、が顔を覗かせただろう? 驚いたぞ」

蓮ちゃんは、戸締りを確認して、教室の鍵を手に取る。私の傍まで寄ってきて、私の背中を促すように軽く押した。

「帰ろう」
「……うん」



職員室に鍵を戻しに行った蓮ちゃんを下足棟の入り口で待っていた。
……また、迷惑かけてる。でも、会えて嬉しい。
ぐるぐる回る思考で、泣きそうになった。私は力が抜けたように屈み込む。

「――? どうした、具合でも悪くなったか?」
「……もう、いいよ」
「え?」

私は顔を上げる。乏しい照明の下では蓮ちゃんの表情まで窺えない。

「蓮ちゃん、大事な人が居るんでしょう」
「……何処でそれを」

居るんだ、と改めて思うと心臓の鼓動が速くなった。全身が脈打つみたいに熱くなる。

「そんな事はどうでもいいじゃない。私の事は気にしないで? 私、大丈夫だから」
?」
「もう、優しくしないで。優しくされると、傍に居たくなる」

ぱた、と涙が床に落ちて染みを作った後は、止め処なく零れ落ちてきてどうしようも無かった。


蓮ちゃんに大事な人が居るって聞いて悲しかった。蓮ちゃんの一番は私だと思っていたのに、私の一番は蓮ちゃんなのに。それなのに、大事な人が居るなんて。
見ないようにしていたけど、本当は泣き叫びたかった。いとことか、そんなの関係無く、好きになってしまっていたから。蓮ちゃんの事を、男の人として、好きになってしまっていたから。


「……蓮ちゃん?!」

気付くと私の体は蓮ちゃんの腕の中にあった。鼻先に漂う蓮ちゃんの匂いに頭がくらくらする。

「傍に居たいと、居て欲しいと思うのはだけだ」

耳元で囁かれた蓮ちゃんの言葉に私は目を瞠る。

「え……?」
「大事な人というのは、の事だよ」
「ほ、本当に……?」
「ああ」
「……私、居て、いいの?」
「居てくれ」

私は蓮ちゃんの胸に額を付けて頷いた。背中に回された腕が私を優しく包む。広い背中におずおずと手を伸ばした。

「……好きだ、

蓮ちゃんが私の耳元で囁く。まるで締め付けられたかのように両胸の間が痛くなった。

「……うん、私も……、蓮ちゃんが、好き……」

今までと違う“好き”は甘く広がって胸を痛ませる。痛くて、痛くて、苦しいくらいだ。それでもこの温もりをもう手離せない。小さい頃とは違う触れ合いに、胸が躍る。耳に囁かれる言葉に目が眩む。

何時の間にか、涙は止まっていた。



***



「雨だねえ」
「そうだな」

私の呟きに蓮ちゃんは本から顔を上げずに答える。私は開いていた本を閉じ、テーブルの上のグラスに手を伸ばした。

互いに好きだと言ったからといって、急に二人の距離が変わる訳でも無く。蓮ちゃんのお家に来ても、座敷で二人揃って本を読んでいた。私はグラスに口を付けながら、庭の木々を見遣る。金木犀に降りかかる雨を見ていて思い出した。

「そう言えば。金木犀、蓮ちゃんが言ってくれたんだってね」
「……母さんか」
「うん。この前教えて貰ったの」
「金木犀、好きなんだろう」
「うん。……嬉しかった」

私が言うと、蓮ちゃんは本を閉じ、私を見た。


「なあに?」

手を差し伸べ、笑う。

「おいで」
「……どうしたの?」
「可愛い事を言うからだ」
「……可愛いって」
、来ないのか?」

猫の子じゃないんだから、と苦笑しながら、蓮ちゃんの傍ににじり寄る。蓮ちゃんは微笑んで私を腕の中に閉じ込めた。庭から漂ってくる金木犀と蓮ちゃんの匂いに酔ってしまいそう。



降りかかる雨のような蓮ちゃんの声に、私は目を閉じる。


('04.11.28)


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という訳で柳ドリ完結です。
ここまで読んで頂いて有難うございました。以下、蛇足後書。

ヒロインに甘々な柳ですが、まあ、こんな柳もいいんじゃない? とか思っていただけたら幸いです。
各タイトルはクリスタル・ケイ嬢の「Eternal Memories」の歌詞から(こっそりと「永遠の思い出」というシリーズ名を付けてました)。
とにかく三つ、タイトルに使いたい単語があったので、三部作にしよう! と書き始めたら、こんなに長くなって。予想外でした……。

空に飛ぶ雲(春編)>
ヒロインに「蓮ちゃん」と呼ばせたくて書いたものでした。

草に吹く風(夏編)>
春編はヒロイン視点でしたので、柳視点で。計算高い女が好きという柳ですが、こういうヒロインの方が計算してない分大変かなあと。仁王が出張っているのは愛ゆえです。

花に降る雨(秋編)>
金木犀云々の辺りのネタは、自分でも何でこんなこと思いついたんだろう、と思います。もうこの光景が浮かんでしまって。あ、やったことは無いです。