読んでいた雑誌に読者アンケートの結果が載っていた。いつもだったら目を通さないような記事に興味を惹かれる箇所があって目を留める。初体験の場所は、というものだ。彼氏の部屋、学校、ホテル、と回答は様々だった。もし、私がこのアンケートに回答するなら、何と回答すればいいのだろう。
……後輩の、部屋?
数日前のことを思い出しながら真剣に考えていたことに気付き、可笑しくなる。そもそもこういうアンケートに回答しようとも思わないし、回答しなければいけない状況に陥ることも、無いだろうに。










陽炎、稲妻、水の月・1










先輩、」
「……何?」

唇を離した日吉は私の名前を呼ぶ。今にも倒れそうな体は、不本意ながらそうなった原因によって支えられている。あの日から図書館で密かに日吉とキスを交わすのは習慣のようになっていた。

「うち、今日誰も居ないんです」

思わず日吉のシャツを掴んだ手に力が籠る。聞かれる心配などありはしないのに、日吉は私の耳に唇を寄せ囁いた。

「来ませんか」

私を見つめる日吉の表情はいつもと変わりが無い。さっきまで荒々しく私の唇を貪っていた筈なのにその残滓すら見受けられなかった。私は日吉の腕を解いて体を離す。日吉は私の返事を待っていた。日吉の唇が触れた耳が熱い。

「……いいよ」



*



私のシャツの釦を、日吉の長い指が外すのをぼんやりと見ていた。この手が今から私に触れるのか。呑気にそんなことを考えた。緊張してない訳じゃない。緊張しているけど、あまりに緊張し過ぎて現実感が感じられない。

「先輩?」
「あ……。どうすれば、いいのかな。私も脱がせた方がいい?」

日吉のシャツの釦に手を伸ばすとその手を取られた。日吉は微かに笑う。

「自分で、脱ぎますよ」

知識としては知ってはいたそれを、実行に移すのは初めてだった。髪に頬に耳に唇にあらわになった胸に、日吉の手と唇が落ちてくる。自然とたわみ、日吉を受け入れる自分の躰と日吉の仕種に驚いていた。

「……日吉、慣れてる、ね」
「そんな訳、ないでしょう」

途切れそうな呼吸を繋ぎ合わせ言葉を紡ぐと日吉は顔を歪める。私の躰を辿る日吉の動きには澱みが無かった。でもその呼吸は、荒い。

「俺だって、……初めてなんですから」

剥き出しの躰はひどく敏感になっていて、少しでも触れられる度に反応した。私の躰の何処にこんな声が潜んでいたのだろう。でも、声とは裏腹に頭は冷えていく。自分の躰なのに自分のものではないみたい。指が私の中に入っているのは分かるのに、遠くからそれを眺めているようだ。
日吉が中に入った時はさすがに痛くて日吉の腕を掴み爪を立てた。離れかけた意識と躰が再び混じり合う。世の人達はこんなことをしているのか、と必死に思考を逸らそうとしても、躰を貫く鈍い痛みがそれを許さない。

「……先輩、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃ、ない……」
「すみません、」

謝ったくせに、日吉は繋がったまま動くのを止めようとしない。動く度に引き攣るように痛むのに、背中の方から何かが這い回るように近寄ってきて、私の意識を攫おうとする。日吉は、ただでさえ覚束ない私の呼吸を飲み込むように口付けた。



***



自習時間の課題プリントを前に悩んでいると、席を移動してきた忍足が通り過ぎざま囁いた。

「ついに日吉と付き合いだしたんやな」
「……え?」

にやにや笑っていた忍足はすぐにその表情を消し、不思議そうな顔をする。
……そんな顔をしたいのはこっちなんだけど。

「え、って……、日吉と付き合うてんのやろ?」
「付き合ってないけど?」

忍足は驚いたように目を見開いた。普段は飄々としている忍足のこんな表情が見られるとは思ってなかったので、少し笑ってしまう。

「あー……そうなんか。……何や、勘違いしとったみたいやな」
「そうみたいね」

……あんなことをしたりはするけど。
自分から言って回るようなことでも無いので、それは言わずにおいた。



*



細そうに見えた躰はしっかりと筋肉が付いていて、指先に感じるそれを楽しむように日吉の背中や腕に指を這わせた。私の躰をなぞる、日吉の指のように。
何度か繰り返すうちに、痛みは快感に変わっていた。それは緩やかに私の躰を巡り、気付くと理性を剥ぎ取っている。目を閉じて迫り来る波を堪えていると日吉は私の耳に口を寄せる。

、」
「……な、に?」

名前を呼ばれるだけで胸が痛くなるなんて知らなかった。目を開けると日吉は心配そうに眉をひそめる。

「躰、まだ、痛むのか」

私に触れるときだけ、日吉は私を先輩扱いしない。それがとても、嬉しい。首を横に振って応えるように腕に爪を立てると日吉は笑った。笑ったまま、私に口付けた。



誰よりも私の奥に触れているのは日吉なのに、私の躰をこんな風に出来るのは日吉だけなのに。





悲しいね、あと少しで会えなくなるなんて。


('06.10.7)


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