「よー」
ドアを開けたら忍足が立っていた。能天気に笑った彼の頬には見事な手形。
私は、ため息をついて見せた。
アオイトリ―Three Primary Colors of Light・blue―
「痛て、もっと優しゅうしてや」
まるで赤い花びらみたいだな、と思いながら湿布を貼ってあげる。
「何で私があんたに手加減しなきゃいけないの。自業自得でしょ」
そらそうやけど、と貼ってあげた湿布に触れて忍足は笑った。
*
忍足と話すようになったきっかけは、奇妙なものだった。
同じクラスになってしばらく経っていたけど、それまで一度も話したことは無かった。何人前か分からない彼女との別れの場面に偶然居合わせてしまった事が始まり。目の前で繰り広げられた修羅場に呆然としていると、忍足は私に気付いた。
「……?」
「えーと、ごめん。見ちゃった」
「ええよ、別に」
「……これ、」
忍足は不思議そうに差し出した絆創膏を見た。私は自分の口元を指す。
「口の端、切れて血が出てるよ」
「あー、爪が当たったんやろ。ネイルアート言うんか? いっつも綺麗にしとったからなあ」
そう言って忍足は笑った。背中に冷たいものが走る。既に過去形で言った事も、その笑顔も私には空恐ろしく響いた。
……ひとごとみたいに、言う。
その時、関わり合いにならないようにしよう、と思った。よく分からないけど、分からないからこそ、この人は危険だ、と。
*
それからも懲りずに忍足は次々と彼女を換えて、別れて。その後は決まって私の許にやってくる。関わり合いになりたくないと思ったのに、何だか懐かれてしまったようだった。怪我の手当てはするけど(別れ際大抵女の子に叩かれるから)、慰めもしないし優しい言葉をかける訳でも無い私の所に来るのはどういう訳なんだろう。これで私が母性本能とかいうやつをくすぐられて恋に落ちれば完璧なのだろうけど、生憎、そこまで単純に出来て居ない。
「……いい加減、そういうのやめれば」
「何が〜?」
私が買った雑誌を呑気に捲りながら忍足は返す。
「来る者拒まず、って」
「何や、ヤキモチか?」
「何で私がアンタにヤキモチ焼かなきゃなのよ……」
「そうやなあ」
来るもの拒まず去るもの追わずの忍足の彼女が変わるサイクルは早い。私から見れば大変そうだなあと対岸の火事を見るようだ。それに忍足は楽しそうじゃない。おまけにこうして叩かれてるし。もっと巧く立ち回れそうなのに、と思うのだけど。
「どうして、」
「ん?」
「どうして忍足はすぐ別れちゃうの?」
「……は?」
「好きだーって思って付き合うんじゃないの?」
そう言って見つめると居心地悪そうに忍足は湿布の上から頬を掻いた。
「最初は……そう思って付き合うんやけど、その内ちゃうなあて思うねんもん」
「はあ?」
「大体付き合うてみらんと分からんやろ」
「そういうものですか」
「そ。この子やない、どっかにホンモノがおるて……思うてしまうねんなあ」
落とされた呟きのような言葉達は、以前読んだ童話を思い出させた。
幸せの青い鳥を探して、旅をする兄妹の。
「早く……、忍足の青い鳥が見つかればいいね」
「何や、それ」
忍足は訝しげに私を見上げた。その頬の、白い湿布が痛々しい。
「忍足はそれを探してるからふらふらしてるんでしょ」
忍足にとっての青い鳥が早く見付かるといいと思う。そうすればこうして叩かれて私の許へも来ずに済むのだから。いい加減相手するのも飽きてきたというのもあるけど友達として付き合った忍足は結構いい奴なので素直に幸せになって欲しいと思う。
「さー? それに青い鳥は実は傍に居るんやろ。俺の傍に誰もおらんし」
「私に言われても」
「何、自分が青い鳥やって言いたいんか」
面白そうに言うから、ため息を返した。
「冗談でしょ。ありえないし」
そうやんなぁ、と忍足は笑った。しかしすぐに考え込むような表情を浮かべる。
「や、待てよ……。お前と付き合うてたらええんやない?」
「……はあ?」
「そうすりゃ、女避けにもなるし」
何を言い出すんだ、こいつは。
いかにもいい事を言ったとでもいうように忍足は一人で頷いている。
「お前とやったら楽やしなー」
「何それ。私の気持ちは完全無視?」
「何やお前、好きなやつおんの?」
「……居ないけど」
今までいいな、と思うことはあっても、告白したり、付き合ったりまで行き着いた事は無かった。だって、よく分からなくて。友達が好きな人や彼氏の事で一喜一憂するのを見たり聞いたりしてもぴんと来なかった。それがどういう気持ちなのか。
「なら、ええやん?」
確かに忍足と居るのは楽だ。話すのも楽しい。でも、それとこれとは話が違う。
「何が良いの。私に好きな人が出来たらどうするのよ」
「そしたらさっぱり別れたる」
「忍足……そういう風だから続かないんだよ」
「うっさいわ。また言い寄られんのも面倒やし、俺を助けると思って、な」
……付き合うことの何処が助けになるんだ。
眉間に皺が寄っていくのが自分でも分かる。
「意味分かんないし。大体、付き合うってそういうもの? お互い恋愛感情が無くても付き合ってるって言えるの?」
「そんな深く考えんでもええやん。お互い、青い鳥を見つけるまでっちゅう事で」
「嫌よ。テニス部のファンが怖いもの」
「俺が守ったる」
そのセリフに不覚にもときめいてしまった。そうか、こうして女の子達は忍足に落ちたのだな、という冷静な自分と、単純に嬉しい自分が居る。
「それに……俺と付き合うたら、数学の課題に困る事は無いで」
……それはちょっと魅力的だ。
私が逡巡していると、押すところはここだと思ったのか、忍足はにやりと笑う。
「、数学壊滅的やもんなあ?」
「うるさいよ」
「なあ、ええやろ?」
忍足は手を差し出し、私は何度目になるか分からないため息をついて見せた。
「……青い鳥を見つけるまで、ね」
「そや。猶予期間ちゅうことで」
「数学よろしく」
差し出された手に触れると彼は笑って私の手を握った。
「こちらこそ、よろしゅうな」
('06.7.15)
>g.ミドリノメ
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