閣下、くれぐれも嫉妬にはお気をつけください。
あれは緑の目をした怪物で、人の心を喰いものにするのです。









ミドリノメ―Three Primary Colors of Light・green―











「何だかんだ言って、続いてるよね」

はサンドイッチを食べながら言った。さっき買ってきたコーヒー牛乳のパックにストローを刺しながら訊き返す。

「何が」
「忍足くんと」
「あー……」

私と同じクラスの忍足侑士は付き合っている。但し、それは表向き。
実情は、とても女の子にもてる忍足の、告白を断る口実の偽りの彼女なのだけど、何だかんだで”お付き合い”を始めてもうすぐ二ヶ月になる。おかしいな、予定ではもっと早く終わると思っていたのに。声を潜めては続ける。

「告白されても、断り続けてるらしいね」
「ああ、そうね。報告があるもの」
「え、報告? 何それ本当?」

はサンドイッチを口に運ぶ手を止め目を丸くした。私はため息混じりに返す。

「本当」

今日は何組の誰それさんから告白された、とか何とか。失礼だけど、猫が獲物を捕ってきた時みたいだなんて思ってしまった。

「お、おった」

噂をすれば影、忍足はにこにこ笑って近寄ってきた。

「何?」
「今日、部活は休みなんやけど、委員会で帰り遅くなりそうなんや」

私のお弁当箱からコロッケを摘みながら忍足は続ける。ぺしん、とその手を叩いたのだが既に彼の口の中だった。私はため息をつく。

「……じゃあ、先に、」
「やから、図書館で待っとって」

ごちそうさん、と忍足は私の返事も聞かず、また何処かへ行ってしまった。が面白そうに笑う。

「……いやー、驚いちゃうよね」
「本当にね」

日中はそんなに一緒に居る事も無いのだけど、帰りは必ず一緒に帰っていた。
忍足曰く、「守るて言うたやん?」。
お互い苗字でしか呼び合わないし、手を繋いで帰ったりする訳でも無いのに、それだけの事が私達を恋人同士に見せている。

「だけどさあ……は好きになっちゃってたりしないの?」

意味深長に笑っては言った。私も唇の両端を上げる。

「……そんな訳、無いじゃん」



***



目当ての本に手を伸ばしたら、近くで本を読んでいた人の肩に当たってしまった。

「あ、ごめんなさい」
「いえ、」

私の顔を見た相手は息を呑み言葉を途切れさせた。そのまま無言で本を閉じ棚に戻す。彼女は私を睨んだ後、立ち去っていった。私は馬鹿みたいに、手を伸ばした格好のまま、その背中を見送った。
……何だろう、あれ。
知り合いではないし、そんなに強くぶつかった訳でも無いと思うんだけど。本を手に取り開きながら考えていると閃いた。確か彼女は先週忍足に告白した子だ。それならさっきの行動にも納得がいく。“彼女”が居る所為で自分の想いが受け入れられなかった、と思って私を睨んだのだろう。思わずため息が出る。
……いつまで続くんだろう、この偽りの関係は。
開いた本の内容は、ちっとも頭に入ってこなかった。



***



「待たせたな」
「……本当だよ」

私は開いていた本を閉じて棚に戻した。結局、一ページも読み進めることの無かった本を。のんびりと出口に向かう忍足の後をついて行くと図書館のドアを開け、先に通るように促す。

「有難う」
「いーえ」
「……忍足がもてるの、分かるな」
「は?」

唐突な私の言葉に忍足は怪訝そうに眉を寄せる。

「こういう時とかさ、ドア開けてくれたりするでしょ」
「何や、惚れたか?」

揶揄うように落とされた言葉を鼻で笑ってやった。

「……本当に、自意識過剰だよね」
「お前はあいかわらず容赦無いなぁ」

ちり、と僅かに感じた痛みには蓋をして。



***



視線の先では忍足が女の子達に囲まれている。本当にもてる人だなあと眺めていると隣に人が来た気配がした。

「よお」
「……跡部」

忍足が所属する男子テニス部部長の跡部景吾は校内で一番有名な人だ。実力も容姿も、何もかもが抜きん出ている彼と話す機会など無いと思っていたのに、忍足と付き合うようになってから、声をかけられるようになってしまった。忍足同様、いつも女の子を侍らせているのに今日は一人だった跡部は、ちらり、と忍足に視線を遣り、意味深長に笑う。

「声かけねーのか、カレシに」
「……わざと言ってるでしょ」
「まあな」

洞察力の鋭い跡部のことだ。実は付き合ってなど居ないということを忍足が言っていなくても気付いただろう。跡部は忍足に視線を遣ったまま言う。

「……忍足はそのつもりだろうが、お前は?」
「は?」
「……It is the green-ey'd monster」

跡部は、とても綺麗な発音でこの前授業で出てきたオセロの一節を口にした。途端に顔をしかめた私を見て楽しそうに唇の端を上げる。

「分かってるって顔だな」
「……本当に、跡部って意地悪だよね」
「そう見えたんだからしょうがねえだろ」
「黙っててくれたらいいのに」

ふん、と小さく跡部は鼻を鳴らした。

「いい加減、肚を括れよ」
「……珍しいね、こんなにお節介焼くなんて」

恨みがましい視線を向けても跡部は余裕そうな笑みを崩さない。それどころか言い募る。

「そうじゃねえと、面白くねえだろ?」
「面白いとかいう問題じゃないと思う……」
「ひとごとだからな」

跡部が立ち去った後、またため息が出た。

跡部が言った言葉―――green-ey'd monster、その言葉の意味は、嫉妬。
そう、見えるというのだろうか。気付かない内に、そんな目をしていたというのだろうか。

あいかわらず女の子達に囲まれている忍足に背を向け教室に戻る。もう、殆どが帰宅してしまって誰も居なかった。のろのろと帰り支度を始める。

昼にから言われた言葉、本当の答えは”イエス”だ。
”お付き合い”を始める前から優しいと思っていた。一見情が薄そうに見えるけど、気に入った人間に対しては心配になるくらいに気を許す。
わざと酷い振り方をして殴られるのもそうだ。そうすれば悪いのは忍足になる。あまり褒められた事じゃないし、そもそも来る者拒まずな忍足が一番悪いのだけど。
必ず帰りは一緒に帰るのも私が酷い目に遭わないようにだ。おかげで今のところ呼び出しを食らった事は無い。守る、と言ってくれた言葉どおりに。

そのせいで、最近何でもないふりをするのが辛くなってきた。
あの時、忍足の手を取るべきでは無かった。彼女のふりなんて、引き受けるべきでは無かったのだ。青い鳥を探して彷徨う忍足の、手当てだけしてれば良かった。そうすればこんな想いを抱かずに済んだ。後悔先に立たず。ひっそりと育った想いを持て余す。

忍足の青い鳥が見つかるまでこの緑の瞳が、忍足に気付かれませんように。
忍足が青い鳥を見つけた時がこの想いの終焉だ。きっと私は泣くだろう。想像するだけで胸が痛み体がばらばらになりそうなのだから。
でもそれは、当然の報い。
忍足の彼女のふりをして、忍足に告白した子達の想いを踏み躙った、罰。優越感を感じて、いい気になっていた。所詮偽りの彼女に過ぎないのに、忍足に大事にされているかのように勘違いしていた。麻痺していた神経のように、痛みにも鈍くあればいい。笑って、忍足と話せればいい。そう思ったのに、涙が溢れた。その時まで、取って置こうと思っていたのに。
……痛い、痛いよ忍足。
人を好きになるのがこんなにも辛いとは知らなかった。偽りの関係で自分の真実に気付いたなんて、何という皮肉だろう。忍足が笑ってくれてればいい、なんて、もう願えない。



***



「おー、待たせたな。ミーティングが長引いてもうて、」
「ん、お疲れ」

忍足は私の顔を見ると不思議そうな表情を浮かべた。

「何よ?」
「……いや、自分目ぇ腫れてないか?」

ぎくり、と体が震えそうになる。視線を逸らさず私は笑った。

「そんなことないですー」

忍足は私の返事に眉をひそめる。

「……何か、されたん?」
「無い無い、そんなの」
「せやったら、ええんやけど」
「そ。早く帰ろうよ。お腹空いちゃった」

まだ訝しげに私を見る視線から逃げるように、先に立って歩き出した。



他の誰が気付いてもいい、でも忍足だけは気付きませんように。
もう少し、偽りでもいい、忍足の傍に居たいから。


('06.9.2)


b.アオイトリ< / >r.アカイハナ