それは、何時の間にか。
アカイハナ―Three Primary Colors of Light・red―
「これ、預かっててくれへん?」
「ん」
にタオルを放ると彼女は軽く頷いて受け取った。コートの中に入ると、一連の行動を見ていた滝が微かに笑う。
「さんとはうまく行ってるみたいだね」
俺は同じように笑った。確かに今までの付き合いに比べたら保っては居るがそれは互いに猶予期間に居るからで。偽りの、付き合いだからで。勿論そんなことを吹聴して回る必要は無いし、頭ごなしに否定して折角築き上げたものを壊すほど馬鹿でも無い。
「そうかぁ?」
「だって忍足、楽しそうだよ」
だから、続いた滝の台詞に心底驚いた。
「……楽しそう?」
「気付いてないの?」
そんな事、考えもしなかった。確かにの傍は居心地がいい。話していても素で居られる。無理に格好付けなくてもが俺に幻滅したり非難するような事は無いから。それが楽しそうだと? 困惑して滝を見つめると、滝はまた笑った。
「……そういう事も、あるかもね」
「何がやねん」
「まあ、いいじゃん? うまく行ってるんだしさ」
意味深長に笑った滝は跡部と同じく人の気持ちに聡いところがある。その滝にそう言われて何だか落ち着かない気分になった。俺は何か、誤魔化し損なっているのだろうか。うまく、と付き合っているふりをしているつもりなのだけど。
「侑士ー、早くランニング行こうぜ。跡部が睨んでんぞ」
岳人のセリフに顔を上げると、確かに跡部が俺を睨んでいた。
「すまん、何かぼーっとしとったわ」
「しっかりしろよなー、色ボケしてんなよ」
「……してへんつもりやねんけど」
呟いた声は、岳人には届かなかったようだった。
***
滝が落とした言葉のせいか今日の部活は身が入らなかった。あの後も跡部には睨まれ続け、岳人には呆れられ、珍しく起きていた慈郎に笑われ、と散々で。嘆息しつつタオルを受け取りにの許に行くとは顔を上げる。何時も通りの仏頂面に安堵した。
「お疲れ」
はそう言って預けていたタオルを渡してくれる。ずっと持っていたのかほんのりと温かかった。その温もりにふと悪戯心が湧く。
「おおきに……愛しとるで」
それは何気なく口にしたものだったのだがは顔を赤らめた。
……え?
「な……何言ってんの。ばっかじゃない?!」
はごしごしと頬をこすり、顔を背ける。その時、初めて気付いた。
……ひょっとして、本当に、青い鳥は傍に居ったんか?
素の俺を知っている筈なのに、俺に幻滅したりしないのは、おかしなフィルタ越しじゃない俺を見てくれているからではないだろうか。
「……馬鹿て言うなや、まあ、あほなんやけど」
呟くとは、何を今更、という表情を浮かべた。可愛くないなぁ、と思いながらもふつふつと胸に愛しさが込み上げる。
は初めて喋った時から俺のことをちゃんと見ていた。構えることも、特別扱いすることも無く俺と話した。そんなの、テニス部のやつらだけだと思っていたのに。新鮮な発見だった。微かに好奇心が湧いた。
それからは付き合っていた彼女と別れる度にに会いに行くようになった。は迷惑そうな顔をしながらも、俺の怪我の手当てをして、話を聞いてくれる。俺に偏ることも、別れた彼女に偏ることも無く淡々と意見を述べた。平気で俺を罵る割に、俺を傷つけるようなことは言わない。素っ気無い態度に見えるが、その底にはさりげない優しさが見え隠れする。それが、心地好かった。
初めは軽い気持ちだった。とりあえず誰かと付き合っていれば、女避けになるだろう、という。別れる度に叩かれるのもいい加減飽きていた。だから、を選んだ。面倒なことは言い出さないだろうし、それ以上に、気に入っていたから。
そうして友人として付き合って居た頃より一緒に居るようになってみると、笑顔も仕種も可愛くてたまにこれが偽りの関係だということを忘れそうになった。それでも、友人だと思っていた。付き合い易い、異性の友人だと。
その筈なのに、今こんなにもが愛しい。都合がいいとは思うけど今まで遠回りしたのはに”逢う”為だったんじゃないのかとまで思った。俺はタオルを首にかけ口を開く。
「……なあ、」
「何よ」
は怒ったようないつもの調子で返事をした。は、機嫌が悪い時でも呼びかければ律儀に返事をする。
「青い鳥、見つかったか」
「……何でそんな事訊くの」
彼女は眉を寄せ、俺を睨みつける。
「んー、俺は見付けてもうたみたいやから」
は微かに息を呑み、俺から視線を逸らした。膝の上の小さなこぶしに力が籠る。
「じゃあ、もう……付き合う必要無いね」
「それがあるねんて」
「……はぁ? 何言って、」
「青い鳥、お前みたいなんや」
は俺を見上げ、呆気に取られたような顔をした。
……あーあ、口開いてんで。
「何……言ってんの?」
「やから、お前の事好きやって」
「……寝呆けてる?」
「失礼なやっちゃなあ」
何だか笑いが込み上げてくる。彼女は困ったように視線を彷徨わせた。
「だって、忍足が……おかしな事、言うから、」
「なあ、俺と付き合うて」
は目を伏せ、ぽつりと呟く。
「……もう、付き合ってるじゃない」
その切り返しに背中がぞくぞくする。ただ可愛いだけじゃない、こういうところが好きなのだと思った。
「そうやんなぁ。じゃあ、これからもよろしゅう」
彼女は弾かれたように顔を上げ、眉根を寄せる。
「……これからも?」
「そ。これからも」
「……だって、」
「青い鳥が見付かるまで、やったよな。その青い鳥がお前やから、間違うた事は言うてへんよ」
俺を見上げたままは固まる。途端に瞬きの回数が多くなった。
「あ、そうや、その前に言うとかなあかんよな」
「……え?」
「好きやで、」
その言葉に目を見開いたは、また顔を赤くした。
……お、可愛い。
両手で頬を覆い、隠すように俯いた彼女の顎に手をかけて上を向かせる。を見つめると眉間に皺を寄せた。
「は、離してっ」
「嫌や」
緊張のせいか、怒りのせいか、うっすらと涙の膜が覆う瞳は俺をしっかりと睨みつけてくる。頬は花びらを散らしたみたいに赤く染まっている。今まで何でも無かったことが、今は胸の鼓動を速めていく。
「……そんな顔しても、あかんよ」
「どうしてよっ」
「もう離されへんもん」
腕の中に彼女の体を閉じ込めた。じたばたと暴れるの耳にそっと囁く。
「逃がさへんよ」
ようやく見つけた青い鳥は、体を震わせた。
('06.10.15 Happy birthday to Yushi Oshitari!)
g.ミドリノメ<
忍足お誕生日おめでとう! 誕生日関係ない内容でごめん!(愛はある!)
以下、あいかわらずの蛇足裏話です。
最初に思いついたのは「アオイトリ」(ヒロイン視点)でした。
その後、「アカイハナ」(忍足視点)を思いつき、その二つを繋げる話として、「ミドリノメ」を考えました。青、赤、と来たら、残りは緑だろう、と(連作のタイトルにもなっている光の三原色から)。
緑の瞳、のエピソードをずっと書きたかったので満足です。嫉妬のことを緑の瞳の怪物と言うのを本で読んで、書いてみたかったので。
それにしても跡部はこういう狂言回し的な役割の方が書き易いです(ex:陥り眩む音の底/仁王夢)。
あと、内容とは関係無いですが、「あかん」と聞くと、開かないの? と思ってしまいます。九州で「あかん」と言ったら「開かない」「空かない」という意味なのです。「ドアのあかんー」(ドアが開かない)というような感じで使います。
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