何時も笑顔で、人あたりが良くて、かと言って図々しかったり、踏み込み過ぎることも無い。それが忍足侑士の与える印象だ。整った顔立ち、甘く響く声。成績だって、生徒会長でテニス部部長の跡部景吾のように目立ちはしないけど悪くない。
私は侑士が声を荒げるところを見たことが無い。怒ったフリならばあるけれど、本当に怒ったところは見たことが無かった。私と付き合っていることすら侑士の中では、怒ったフリと同様、演じることの一部ではないだろうか、と思う程に。
1:真偽
「、」
HRが終わるとすぐ侑士が現れた。今日の部活は休みだから一緒に帰ろう、というメールを昼休みに受け取っていた。
「帰ろか」
「うん、」
「忍足くん!」
侑士と私は声の方向に顔を向ける。そこには隣のクラスの女の子が立っていた。顔を赤くした彼女は私が居るのにも構わず、口を開く。
「あの、ごめんなさい、ちょっと時間、貰えな」
「……すまんけど、」
侑士は彼女の言を遮って、私の肩を抱いた。
「今から帰るから。ほんま、悪いな」
◆
「……さっきの、告白かな」
最初は彼女の目の前で告白か、と腹が立ったけど、その後の侑士のあしらい方を見たら可哀相になってしまった。付き合えている優越感から来るものかもしれないけど、あれは私だったかもしれないのだ。そう思うと、ちょっとだけ胸が痛くなってしまった。
「かもな。わざわざお前の前で呼び出さんでもええやろに」
「それはむかついたんだけど……見えてなかったのかもしれないし」
「は優しいなあ、でも、」
侑士は微笑んだまま続ける。
「―――構へん、別に」
どきり、とした。たまに彼はこういう表情を見せる。その度に私は怖くなる。それを初めて見たのは付き合い始めたばかりの頃だ。ふと侑士に視線を移した瞬間、ぞっとした。何の感情も浮かんでいない瞳は凍えそうなほど冷たい目をしていたから。
「……そういうの、良くないよ」
「そういうのって?」
「うまく、言えないんだけど……」
「何やぁ? が分からへんもんは、俺も分からへんで?」
侑士は苦笑しながら言った。いや、苦笑するフリをしながら、だ。疑惑は確信に変わる。何故隠すんだろう。私は貴方の一体何? 我儘な彼女に振り回される彼氏を演じる為の―――道具?
それを思いついた瞬間、背中が粟立った。
目立てば打たれる。異端者は弾劾される。ならば埋もれてしまえばいい。その爪と牙を隠して。通り一辺のことをしておけば目立つことは無い。木を隠すなら森の中というではないか。
侑士は怪訝そうに私の顔を覗き込んだ。
「どうしたん? 具合悪なったんか」
「何でも、無い」
心配そうに私の頭を撫でる、この手も偽りなのか。優しく触れてくる体温も。
◆
カフェに入り、大好きなココアを目の前にしても心が晴れない。黙ってカップを口に運んでると侑士は所在無さげに腕を組んだ。
「ほんまどうしたん?」
「何が?」
上の空で返事をすると侑士はため息をついた。カップを空にするのを見計らったように、彼は立ち上がる。
「出よか」
「……うん」
カップとトレイを返却し、出口に向かうと侑士は先に立ってドアを開けてくれた。
「あ、ありがと」
「構へんよ。それより、」
侑士は屈んで私の顔を覗き込む。
「今日はもう帰ろうや」
「……え、何で」
「具合悪そうやん。無理したらあかんで」
「大丈夫、何でも無いったら、」
疑惑があっても傍に居たい気持ちに変わりは無くて、慌てて返すと頭を撫でられた。
「そない青い顔して何でも無い訳あらへんやろ。送ってったるから」
「……る、」
「る?」
「侑士の家に、泊まる」
侑士は一人暮らしをしている。私の言葉に侑士は眉根を寄せた。
「……ジブン、何言うてるか分かっとるんか」
俯いて答えないでいると、侑士は続ける。
「男の家にそんな簡単に行くとか言うたらあかんで」
顔を上げると侑士は怒ったような顔をしていた。そう、怒ったような、だ。
「どうして? 付き合っていたらそういうこともあるんじゃないの?」
「まだ早い」
「じゃあ、いつならいいの……ううん、はっきり言えばいい。お前はお飾りなんだって……だから手を出さないんだって!」
一気に口にして侑士を見つめると、ひどく冷たい目で私を見下ろしていた。背中が冷える。あの時見た侑士がそこに居た。侑士は唇を歪め、笑う。今まで見てきた、私が知っていると思ってきた彼は、作られたものなのだと思い知った。
「……何や、お前を甘く見積もり過ぎとったみたいやんな?」
('09.4.26)
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