俺を形作るために必要な相手役、それがだった。





5:真底










具合が悪いというのならば甲斐がいしく付き添わなければならないだろう。「優しい彼氏」を演じるために。だがそれ以上に心配になってしまった。が苦しそうに熱い息を零すのを見ていると、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなった。自分らしくない、と思うのに放っておけない。熱のせいか心細そうに呟いた時も、自宅まで連れ帰ることに迷いは無かった。の家に送って行けば俺の役目は終わる、と分かっていたのに。





の頬を撫でると、だるそうに薄目を開けた。

「……ゆうし?」
「起こして悪いな。インスタントやけどこれくらいやったら飲めるやろ」

俺の差し出した、ポタージュスープの入ったカップにゆっくりと視線を遣ったは眉間に皺を寄せる。

「……要らない」
「何か食わへんと薬飲めへんやんか」
「薬、嫌だ」

口を尖らせて呟くにため息をついた。普段のは聞き分けがいいのに、熱のせいか今日はやたらとこれは嫌だあれは嫌だと口にする。

「……我儘言いなや。熱下がらへんで辛いんはジブンやろ?」

その言葉にははっとしたように目を見開く。そして慌てたように身を起こした。

「ご、ごめんなさい……」
「や、怒った訳や無いから」

怯えながら謝るに、こっちが焦る。今まで我慢させていたのだと気付き、ちょっとだけ罪悪感を感じた。すぐに、俺は悪くない、と思い直そうとしたのだがうまく行かない。それはじわじわと染みるように広がっていく。はつらそうに、不本意そうに、両手で持ったカップを口に運ぶ。

「……ん、飲んだか?」
「うん」
「じゃあ、これ。水は全部飲んでしまわんとあかんで」

薬と、ミネラルウォーターの入ったグラスを渡すと今度は素直に口にした。こくこくと水を飲む度に動く白い咽喉を見守る。グラスの中を全て飲み干したのを見届けてからグラスを受け取った。肩を支え、再びベッドに横たえてやる。

「ありが、と」
「ん」

は微かに笑い、直ぐに目を閉じた。



程無くしては寝息を立て始めた。の手に触れると、反射なのか、掴まれる。細い指は、普段以上に熱い。
……それだけ、て。
本性を知ってもは変わらなかった。驚きはしたようだが、俺の嘲りにも折れず、傍に居ることを選んだ。取引だ、と。でも真意は違ったと言う。ただ、俺を好きだから、傍に居ることを選んだのだと。
……俺は、そこまで言われるような人間ちゃうで。
俺の手を掴む手を握ると簡単に手の中に収まる。薄紅色の爪に口を付けると、ふ、との唇が綻んだ。らしくない。お人形相手に本気になるなど。以前、代わりは幾らでも居ると言った。だが今、を手放したくは無い。
……早よ熱が下がればええのに。
そうして、いつも通り笑えばいいのに。演技だと知りながら、手を繋ぐ度に嬉しそうに頬を染める。本当の俺を知ってから、笑顔を見せることは少なくなったけど、が笑うと何となく気分が良かった。お飾りの彼女、の筈なのに。
……大誤算やな。
手を出す気なんて無かったのに、今、触れたくてしょうがない。もっと俺を好きだと言わせたい。そう言えば、水を口移しで与えることにも躊躇いは無かった。思わず自嘲的な笑みが漏れる。これは演技や、と思い込もうとしても、もう遅い。こんな筈じゃ無かった、と考えること自体、既に認めているからだ。すっかり俺はに囚われていた。適当に、穴に落ちないように、心を揺らすことなど無いように気を付けていたのに。

の額にかかる髪を除けると冷却シートが温くなっていた。貼り替えてやると小さく眉を寄せる。汗ばんだ額を、頭を撫でるとそれが和らいだ。

目立たず、何かに熱くなること無く、過ごして居たかった。そんなことをしても疲れるだけだからだ。執着は足枷にしかならない。激しい情熱は生き抜くための力を消耗させる。胸の空虚や暗い深淵は決して誰の目にも触れさせず、狂おしい程の渇望からは目を逸らして、求めることも忘れて。生きる為の張りなんて必要無い。そこそこ楽しければ暮らしていける。生きて、いける。
―――でも、本当は待っていたのかもしれない。

「……あー、らしないわ、ホンマに」

停滞したい気持ちを飛び越えて、考えていることなど薙ぎ倒し、攫ってくれるような、誰かを。


('09.5.24)


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