6:真実









目を覚まして最初に見えたのは見慣れない壁紙の貼られた天井だった。左手に違和感を覚え持ち上げると侑士の手が繋がっている。

「……ゆうし、」

ずっと側についていてくれたのだろうか。侑士は傍の椅子に座ったまま眠っていた。眼鏡もかけっぱなしだ。私はゆっくりと左手を解き、腕時計で時間を確認する。既に、学校は終わっている時間だった。

解熱剤が効いたのだろう、身を起こすと寝る前より体が楽になっていた。咽喉の渇きを覚え枕元に置かれたままのペットボトルに手を伸ばす。

「……ん、何や起きたんか」

びく、と何も疚しいことをしていた訳では無いのに体が震えた。その拍子にペットボトルが倒れ床に落ちそうになる。侑士は咄嗟に手を伸ばしそれを受け止めた。

「っと」
「ありがと、あの、」
「これ飲んだら送ってくわ」

侑士はグラスにミネラルウォーターを注ぎ、私に差し出す。

「……うん」

グラスに注がれた水と共に、言おうとしていた言葉を飲み込んだ。







「……有難う」

門の中に入り振り返ると、侑士は眉間に皺を寄せ、追い払うように手を振った。

「もう、ええて。それより、ちゃんと寝るんやで」
「はい……」
「じゃあ、また明日な」

微かに笑って侑士は踵を返す。その背中を何時までも見送っていた。



両親はまだ帰宅していなかった。体には良くないかもしれないと思いつつも、汗をかいたのが気持ち悪かったので、シャワーだけ浴びることにした。べたべたしていたのが取れていくのが気持ち良くて、目を閉じてシャワーを浴びていると、キスしてしまったことを思い出してひとり赤くなる。それは、口移しという行為でしかなかったけど。
……でも、侑士には何でも無いことなんだろうな。
がっかりしたけど、嬉しい、と単純に思った。
……また、明日か。
温もりなんて残ってないけど、唇に触れてみる。

偽りの関係でも続いているうちは本物なんじゃないだろうか。侑士はともかく、私の気持ちに偽りは無いのだから。それに、偽りでもいいのだ。侑士が傍に居てくれるなら。意地の悪いところも醒めた目で見るところも、知ったからって嫌いになれなかった。馬鹿にしたように笑われても、素っ気無くされても、それが彼なのだと言われると、その姿を見られて良かったと思う。
……それが、本当の侑士だから。







「……どうしたの?」

朝起きるとすっかり熱は下がっていた。登校支度を整え玄関を出ると、門の前に誰か居る。足音を忍ばせて近付くと、そこに居たのは侑士だった。

「迎えに来た」
「……どうして」

侑士はそれに答えず私の額に手を伸ばす。つめたい手に背中が震えた。

「ん。熱は下がったみたいやな」
「おかげさまで」

……そういうことか。
あんな帰り方をしたから、わざわざ迎えに来てくれたのだろう。念の入った演技に嘆息すると、侑士は、行こか、と小さく促した。隣を歩きながら挨拶をしていないことに気付いて口を開く。

「あ……おはよう」
「おはようさん」

返される言葉はいつも通り素っ気無かった。それに寂しく思いながらも安堵する。

「……お前、今日は先に帰れ」
「え?」
「部活が終わるの、待っとらんでもええから」
「はい……」

ふいに時間の問題なのかもしれないな、なんて思った。彼女が私じゃなくても、侑士は構わないのだから。言葉は悪いけど、本当の侑士に気付かない、侑士に都合のいい相手を見つけることは容易いだろう。侑士はとても人気が有るし、優しい。それに、心から好きな相手が出来るかもしれない。低温な侑士が”好き”という感情を見せられる相手。それが私じゃないことは、想像するだけで泣きそうになるけど、そういう人がこの人に出来たらいいなと思う。

「……、」
「何?」

顔を上げると間近に侑士の顔があった。驚いて息を呑むと唇に侑士のそれが重なる。掠めるように触れただけのキスに何度か目を瞬かせると、侑士は微かに笑った。

「すまん、もうあかん」

その言葉に、鼓動が速くなる。鈍い痛みは両胸の間から全身に広がっていく。

「……分かり、ました」

それだけ言うのが精一杯だった。足元が突然柔らかくなったみたいに足取りが覚束ない。いつか終わりが来ることなんて分かっていたことだった。何度も予想して何度もシミュレートしていた筈なのに、実際訪れてみるとそれはひどく私を痛めつける。

「え……分かった、て何が」
「別れる、ってことでしょ」

口にすると体にかかっていた重力が増したように感じた。もう一歩も動けない。指先からしゅうしゅうと音を立てて力が抜けていくようだ。

「ちゃう」
「え」

顔を上げると侑士は微笑を浮かべたままだった。

「お前が、好きみたいなんや」
「……みたいって、何?」
「そこか?」

可笑しそうに侑士が笑い声を立てる。意味が分からない。笑うことも、好きみたいだと嘘をつくことも。

「何を……言ってるの……?」
「俺も、都合ええて思うねんけどな」

私の問いに答えず、侑士は自嘲気味に零す。混乱して立ち止まった私の手を引いた侑士に、ついていきながら呟いた。

「……変わらない、って言った」
「言ったなあ」
「私じゃ、力不足だって」
「せやな」

鼻の奥がつんとして両目から涙が溢れる。今更何だっていうの。これも演技なの? こんなことしなくたって、私は秘密を守るのに。侑士を、嫌いになれないのに。

「……でも、好きになってしもた」
「っ!?」
「信じられへんやろ?」

逡巡した末、頷いた。侑士は、そうやろなあ、と笑う。何だか困ったような笑顔だった。侑士はポケットから取り出したハンカチを私の頬に当てる。

「やったら、信じへんでもええ、」

ハンカチに吸い込まれていく涙みたいに、侑士が発する言葉の一言一言が私に染み込んでいく。

「それでも、俺はお前を好きやから」

また涙が零れた。するすると頬を伝う涙は嗚咽を呼んで、終にはしゃくりあげていると侑士は私の頭を撫でる。言いたいことが一度に溢れ返って言葉にならなかった。口を開けても嗚咽しか漏らせない。今まで溜め込んでいた分なのか涙が止まらない。ようやく落ち着いたのは校門が見えてきた頃だった。

「……落ち着いた?」

甘やかな声に小さく頷く。

「っはよー侑士! あ、も、はよ」
「ああ、岳人」

目が赤いのを見られたくなくて、俯きがちに、お早う、と返した。

は、もう具合いいのかよ?」
「……うん、有難う、向日くん」

向日くんは何か言おうと口を開け、侑士と繋いだ手を見て笑う。

「仲直り、したんだな」
「―――は?」

呆気に取られたような侑士の呟きに、向日くんは更に笑みを深くした。

「最近、なーんか二人の間が変だったからさ……でもそんだけイチャついてんなら、大丈夫だな」
「……何や岳人、羨ましいんか」

調子を取り戻した侑士に向日くんは顎を上げて見せる。

「んなワケねーだろ! 心配損だぜ、全く」

じゃーな、と跳ねるような足取りで向日くんは駆けて行った。その後ろ姿を見ながら侑士が零す。

「……まっさか、岳人にバレとったとはなあ……」

意外そうな口振りに、思わず笑みが洩れた。

「……そういう、ものなんだよ」
「そういうモンて?」

侑士は屈んで私の顔を覗き込む。繋がれた手の温もりに後押しされるように言葉を紡いだ。

「友達だから、隠そうとしたって分かっちゃうんだよ。関係無い人のことだったら気にならないだろうけど、友達だから、パートナーだから、分かっちゃうんだよ、きっと」

抽象的なことしか言えなかったけど、侑士は微かに笑った。

「……かもな」

困ったような、照れ臭そうな笑顔に、私まで笑ってしまう。隠そうとしたって気付いてしまう人は居るんだよ、きっと。

「行こか」
「うん」

侑士は繋いだ手を軽く引く。さっき泣いたせいで、頬を緩めると引きつったような感じがしたけど、私は頬を緩めずには居られなかった。




('09.6.7)


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勿論、Perfumeのあの歌からです。この歌を聴いてて浮かんできたのがこういう話でした(一話目終盤から二話目初め辺りが浮かんだ)。楽しんで頂けたのなら幸いですー。
以下、蛇足。


この話、仁王でも考えたんですが、忍足の方がしっくり来まして。酷い忍足、というのがコンセプトだったんですが(あと、ひきのある続き方)、最後陥落させられてしまいました。もっと忍足が酷くなるかと思ってたんですけど、これはこういうお話だったみたいです。<他人事のよう(笑)。
てゆうか。
「付き合っているふり」というネタ何度目だよ!(ちなみに忍足では二度目) 特にこういう設定が好きだという訳では無いのですが、何か起こった方が書きやすいから、かもです。
各話のタイトルは「真―」という風に統一しました。そしてタイトルバーに出る英文はサビの部分を英訳してみました……たぶん合ってる。そして使わせて頂いてる写真ですが、ミモザアカシアです。花言葉が「秘する愛」「真実の愛」というらしく、ぴったりだなあと思いまして。