トラフィックアクシデント*3
「ちゃん、何処行くの」
「売店。シャー芯なくなっちゃった」
「え、ついてこうか」
「大丈夫。もう覚えたよ」
そう言ってちゃんに笑って見せた。氷帝はクラス数が多いせいか校舎が広く入り組んでいる。入学してしばらくは、迷うから、とちゃんの傍を離れられなかった程だ。
「じゃあ、気をつけてね」
「うん、行ってきます」
微笑んで言うちゃんにつられて微笑んだ。お財布だけ持って売店への道のりを急ぐ。ふと顔を上げると一人の男子生徒が歩いてくるところだった。
……あれは。
私は財布を取り落としそうになった。心臓の鼓動が急に速くなる。思わず口元を押さえた。
……どうして、こんな所に。
擦れ違う瞬間目を伏せる。
彼は―――侑士は、私に気付いた様子は無かった。
*
「おかえり、ちゃん。ん、どうしたの?」
「……え?」
「顔色悪いよ? 大丈夫?」
「あ、うん……」
不味い事になった。
……まさか同じ学校の人だったなんて。
大学生くらいかと思っていたのに、と舌打ちしたい気分で一杯だった。私の存在に気付いてないのがせめてもの救いだけど。
「……ねえ、ちゃん、」
そう呼びかけたところで、教室内に声が響いた。
「宍戸ー」
声のした方を向くと、ドア口にはおかっぱ頭の男子と、侑士が立っていた。思わず息を呑み、俯く。ずれた眼鏡をしっかりかけ直した。
「何だよ、岳人」
「化学の教科書持ってねえ?」
「あー……ある」
「じゃあ、貸してくんね?」
「いいけど……忍足は何の用だよ」
忍足、と呼ばれた人の声で私は肩を震わせる。
「俺は通りがかり。教室戻るトコ」
……嘘でしょ、しかも同い年なの。
俯いたまま口を押さえていると心配そうにちゃんが言う。
「ちゃん、本当に大丈夫?」
「大丈夫」
顔を上げ微笑む。視界の隅に立つ忍足侑士(というのか)から視線を逸らしながら。
ふと、気付くと教室内の女子生徒がちらちらと彼らを見ていた。やだ、とか、ラッキーだったね、とか口々に囁き合っている。
「……ねえ、ちゃん」
「なに?」
「あの、ドアのところに居る人達、誰?」
彼らに視線を遣ったちゃんは、ああ、と頷いた。
「ちゃんは知らないか。すっごく有名なんだよあの人達」
「え、何で」
「去年のテニス部正レギュラーだから」
「テニス部?」
「練習しててもきゃあきゃあ騒がれてたしね。あそこに居る、眼鏡の人」
どきり、と震えそうになったけど、平静を装って視線を遣る。
「忍足くんていうんだけど、あの人とか、部長だった跡部くんの人気は、特に凄かったよ」
「あ、跡部くんは知ってる」
えらく綺麗な顔立ちなのに、鬼のように口が悪くてびっくりしたもの。
「高等部に上がってからも、あいかわらず人気あるのよ」
「へえ……」
そのうちにチャイムが鳴り、侑士達は教室を後にする。強張っていた肩の力が抜け、私は思わずため息をついていた。
('06.2.06)
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