第三者から見れば分かる、ということが往々にしてある。
柳生とは、まさにそれだった。
2.らせん階段の恋
教室を出ると、同様に教室を出てきたと目が合った。ほんの少し表情を緩めたは口を開く。
「仁王。今から部活?」
「おう……何か柳生に言うことあるんか?」
「……ある訳無いじゃない」
呆れたように言いつつも、は頬を染めた。
「もうこの前みたいなのはごめんよ。すっごく緊張したんだからね」
非難する口振りだが、顔はちっとも怒っていない。
「嬉しそうに戻って来たくせに、よう言うわ」
「そりゃ……変装したところ、初めて見ることが出来たし……」
柳生は、が俺に変装したことを見破っていたのを知らない。
先日”柳生”にノートを借りに来たは、即座に俺だと見抜き、やはり呆れた顔をした。自分が惚れた男では無かったのだから、分かりもするだろう。しかしは殊更騒ぎ立てなかった。”仁王”にノートを返してもらいに行け、と言った時も、躊躇しながら”仁王”に会いに行き、気付いてないふりをして来たのだと言う。大方何故気付いたのか、問われることを恐れてだろうが、そこで表情に出せていたらこんな面倒なことにはなっていないだろうに、と思った。
柳生は柳生で、は俺を好きだと誤解している。どう考えればその結論に辿り着くのだ、と呆れたのだが本人はいたって真面目に考えた末らしいのだから手に負えない。
さばさばしたの事は気に入っているが、柳生が考えているような間柄ではなかった。しいて言うなら、友情、とか、そういう類のもの。
二年で同じクラスになったとは、妙に気が合った。三年になって違うクラスになった今も、その付き合いは続いている。浮いている訳ではないが一歩引いた付き合い方しか出来ないの考えそうなことは分かったし、もそうだろう。
だから、恋にはならない。
似ているところがあると親近感を持って恋に変わりそうなものだが、俺はナルシストでは無いので、に恋愛感情を持つことは無いと思う。鏡に映る自分に恋をするほど、不自由しては居ないのだ。
そんなことを考えていると向こうから柳生が歩いて来た。
「お、柳生」
「え」
分からないくらい僅かに、が身を震わせる。
「柳生、すぐ部活行くんか」
俺の横にの姿を見つけた柳生は困ったように、それでも嬉しさを隠し切れないように、微笑を浮かべた。
「ええ……こんにちは、さん」
「……こんにちは」
声をかけられたは、幾分か緊張したように微笑む。
……分かり易。
しかしそれは残念なことに柳生には伝わっていないようだった。好きな相手のこととなると特殊なフィルターがかかってしまうのだろうか。これはにも言えることだけど。
「あの、この前はノート、有難う」
「いいえ、お役に立てたのなら何よりです」
は柳生が自分を好きだとは微塵も思ってない。誰にでも優しいから分かりにくいけれど、に対しては特に優しい視線を向けることを、向けられている本人は気付いていないからだ。普段は聡いくせに、自分のこととなると分からないものなのだろうか。
「行きましょうか、仁王くん」
「ああ」
「頑張ってね」
「……はい」
名残惜しそうにしながらも柳生はに微笑みかける。もそれに応えるように微笑んだ。
***
「何も進まんかったみたいやの……」
「え?」
着替えながらため息と共に出てしまった呟きに柳生はきょとんとした顔をした。
「……何も無か」
……全く、知らぬは当人達ばかりなり、じゃ。
下手に手を出すとろくなことにならないと思いながら、柄にも無く、つい突付くようなことをしてしまったというのに。
二人の恋はまるで、二重になった螺旋階段で追いかけっこをしているかのようだと思う。互いの姿は見えているのにわざと遠ざかっているような。何処までも、踏み外すことが無い限り交差することが無いような。
そこまで考えて生物の授業内容を思い出した。両親から子孫へ、細胞から細胞へ伝えられる因子、遺伝子の本体DNAの分子モデルは、二重螺旋構造で表されているのだという。彷徨う形がこの体を作る根源の形をしているとは皮肉なのか当然なのか。
何にしても、柳生もも、俺にとっては大事な友人なのでうまくいって欲しいと願っている。
「仁王くん、行きますよ」
「おう」
……照れるから、本人達には死んでも言わんけど。
('07.8.30)
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