星は、すばる。 3・メロペ





返却処理を済ませ、借りる本を探そうとしたらさんが居た。天文関係の本を収めた書架の前に佇んでいる。

「こんにちは」

突然声を掛けられ驚いたのか、さんは肩を震わせた。

「……こんにちは」

声を掛けたのが私だと分かると彼女は微笑んだ。

「この前は、とんでもない所をお見せしちゃって」

ふと思い出して、知らず笑みを漏らした。

「少し、驚きました」
「私も。あんなに寝入っちゃうとは思ってなかったの」
「レポートは間に合いましたか?」
「うん」

彼女は本に手を伸ばしながら頷いた。

「お好きなんですか?」
「え?」
「星が。星座早見盤を持ってらっしゃったでしょう」
「うん、好きだよ」
さんは天文部なんですか?」

そう訊くと彼女はきょとんとした顔をする。

「どうして名前……」
「……仁王くんと、同じクラスでしょう」
「ああ!」

納得したように笑い、頷く。

「びっくりしちゃった。柳生くんと違って私は目立たないから。そう、天文部だよ。弱小だけどね」

さんは目の前の棚から本を取り出し、そうか、と呟いた。

「柳生くんは、仁王くんとダブルスを組んでいるんだっけ?」
「はい」
「仁王くんは……フォーマルハウトのようだよね」
「―――は?」

瞠目して彼女を見ると、手にした本を開いて見せてくれる。

「秋の夜空で唯一の一等星で、一匹狼みたいに輝いているの」
「……ああ、何となく分かります」
「でしょう」

さんはくすくす可笑しそうに笑う。

「天文部は……理科室で活動しているのですか?」
「どうして?」

大きな瞳で私を見上げる。

「いえ……」

私が口籠もるとさんは小首を傾げ笑った。

「……では、お邪魔してすみません」
「ううん」

首を横に振った彼女に一礼して踵を返した。


* * *


「なあなあ、何か食ってかねえ?」
「……お前、部活前も色々食ってただろ」
「あんなん部活で消費したっつの」

呆れたような桑原くんの言葉に丸井くんは口を尖らせて返す。

「仁王、は彼女が待ってるか」
「ん」
「柳生は? たまには付き合えよ」
「そうですね……」
「お」

迷っていると仁王くんが呟いた。その視線の先を見遣るとさんが歩いていた。
……こんな時間に何故。
辺りはすっかり暗くなっているというのに。にやり、と笑い、仁王くんは面白がるように言う。

「こがん遅くに女の子ば一人で帰らせるとか言わんよな、ジェントルマン?」
「……その呼称はやめたまえ」

眼鏡を押し上げ、ため息混じりに返すと仁王くんはまた笑った。

「じゃ、俺はお先に」
「おー、また明日な」
「……丸井くん」
「ん?」
「申し訳無いのですが私も失礼します」
「え!」
「では」


* * *


さん!」

彼女は振り返ると目を見開いた。

「柳生くん? あれ、部活終わったの?」
「そうです。さんこそ、こんな遅くまで部活ですか?」
「うん。だって暗くならないと観測出来ないでしょう」
「それは、そうですが」

思わず嘆息した。

さん」
「はい?」
さんが利用する駅はどちらです?」
「えと……」

彼女が口にした駅名は私が乗り換えをする駅だった。

「ああ、同じですね。お嫌で無ければご一緒させて頂いても良いですか?」
「嫌では無いけど……」
「暗くなっていますし、お一人では危ないですから」
「……有難う」

さんは笑う。

「本当にお好きなんですね」
「え?」
「星です」
「うん」

ふふ、と笑って彼女は口を開く。

「だって今観られるのは何千年も昔の光でしょう。今、この瞬間の光は観る事が出来ないのに。長い時間かかって地球に届く光。それって凄くない?」

さんは夜空を仰いで言う。つられて見上げると満天の星。肌を刺す冷たい空気のせいか、空が澄んで見えた。それを見透かしたように彼女は言う。

「冬は空気が澄んで、特に綺麗。……寒いけど」

ふらふらした足取りでさんは歩を進める。心配になってその足元から目が離せなくなった。

「カシオペア」

指差し呟いて、ね、と笑う。つられて私も笑みを零した。さんが言ったWの形の星達は、昔の光を湛え瞬いている。


('05.1.22)


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