星は、すばる。 5・タイゲタ
図書館で星に関する本を手に取ってみた。彼女の心を捉えているものは、彼女が心を動かすのはどんなものだろう。不純な動機だと思ったが、知的好奇心だ、と自分に言い聞かせる。
「こんにちは」
「……さん」
本を隠す暇も無く固まっていると、私が手にしていた本を見て彼女は笑った。
「一度観に来ない?」
「は?」
「堅苦しいものでは無いし、実物の方が綺麗だよ」
「そう、ですね」
「もし、興味が湧いたら理科室か屋上に居るから来てみて?」
ね、と小首を傾げ笑うさんに頷いて見せる。
「あ、本を選ぶのの邪魔だよね。じゃそういう事で!」
くる、と軽やかな足取りで彼女は背を向けた。
* * *
理科室に行ってみるとさんは男子生徒と話していた。何となく面白くない気分で入口に立ち尽くす。傍らに居た男子生徒が私に気付き彼女の肩に手をやった。
「あ、柳生くん」
さんは顔を上げ微笑む。
「じゃ、ちゃん頼むな」
「はい。言っておきます」
男子生徒は三年生のようだった。一礼すると彼は微かに笑い理科室を後にする。
「……良かったんですか?」
「何が?」
「その、邪魔してしまったのでは無いかと」
「全然。来てくれて嬉しいよ?」
「でも、今の方は」
「お兄ちゃんの友達で天文部の元部長さん。お兄ちゃんに渡しといて、だって」
雑誌数冊を指して言う。
「お兄ちゃんは違う高校に通ってるから、よく頼まれるんだ」
「そう、ですか」
さんの言葉に安堵のため息をついた。
人を想うのはみっともない自分も知る事にも繋がる。私はさっき居た方に嫉妬していた。下の名前で呼んだ事も肩に触れた事も、私が知らないさんを知っている事も、全部嫉ましく……羨ましかった。
「本当に来てくれるなんて思わなかった」
鞄から星座早見盤やペンライトを取り出し彼女は笑う。
「あ、でも部活はいいの?」
「今日は休みなんです」
自主的に、という言葉は飲み込んで答えた。
* * *
天体望遠鏡を組み立て、彼女はレジャーシートを広げる。
「これでも寒いけど、無いよりマシだから」
どうぞ、と促され、隣に座った。一通り説明をしてくれた彼女と並んで星を観る。天体望遠鏡越しの星は強く瞬いていた。しんと冷たい空気の中、白い息だけがふわふわと漂う。お互い何も話さなかったが苦にはならなかった。
「……そうだ」
体育座りをしていたさんは、ころん、と寝転がり両手を上に伸ばす。
「さん!?」
捲れそうなスカートから慌てて視線を逸らした。
「こうして観ると、降ってくるみたいなの」
密やかに響く声は胸に染み込んでいく。伸ばされた白い手が星を掴むように微かに動いた。私も同じように寝転んだ。
「ああ……本当だ、綺麗ですね」
暗くてよく見えなかったが、さんが顔をこちらに向け微笑んだ気がした。
「星の寿命は、短くても数百万年なんだって」
ふふ、と忍び笑いを漏らし続けた。
「それを考えると、私の悩みって小さいなーって思う。悩みは悩みで消えはしないんだけど、星を観ると何となく楽になる気がするの」
「……さん」
「はい?」
「貴女と話すのは楽しいです」
「……え?」
「星の光のように後で届きませんから、無くなる前に言っておきませんと」
「……有難う」
暗闇に慣れた視線の向こうで、さんの笑顔は星のように瞬いた。
('05.2.1)
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