星は、すばる。 6・アステロペ





部活に行こうとして階段を降りていたらさんに会った。私の姿を認めた彼女は口の両端を上げる。

「今から部活?」
「そうです」
「……あ、月」

ふと彼女は踊り場の窓を見て、言う。

「は?」

間抜けな返答にさんは笑い、口を開いた。

「昼の月」

彼女の指の先には薄水色の空を切り取ったような上弦の月が浮かんでいる。

「……何か、あそこだけ染め忘れたみたい」

さんは誰に聞かせる訳でも無いように呟いた。その言葉に微かに胸が痛む。胸を痛ませるのは酷い言葉や哀しい事だけではないのだ。柔らかな彼女の表現はいつも甘く、私の胸を窪ませる。
私の視線に気付くとさんは照れたように笑った。

「こういう事言うと友達からクサいって言われるんだけど」
「いえ……素敵な表現だと、思います」

目を見開いた後、さんは微笑んだ。


* * *


「あれ、柳生くん?」

屋上に行ってみると、さんはノートや星座早見版を散乱させた中に体育座りしていた。スカートから伸びた足が寒そうだな、と思っているとさんは私を見上げ、眉を寄せる。

「部活、大丈夫なの?」
「今日は自主練なんです。迷惑ですか?」

ふるふると首を横に振ってさんは微笑む。

「興味を持ってくれたみたいで、嬉しい」

マフラーで口元まで覆った彼女の声はくぐもって聞こえた。私もマフラーを引き上げる。赤くなった頬を、隠すように。

「今日も天気が良かったから、綺麗ね」
さんは、将来天文学の方に進むのですか?」

彼女は、仁王くんと同じ理系クラスだった。

「うーん、好きだけど、どうかなー?」
「そうなんですか?」
「お兄ちゃんほど詳しく無いし、単純に観るのが好きなだけだから」
「それこそ、一番必要な事でしょう」

さんは、私を見て微笑む。

「うん。もっと学んでみたいとは思ってるよ。やっぱり好きだしね」
「……そうですか」

気の利いた事が言えない自分が歯痒かった。そんな私をよそに、さんは立ち上がる。何事かと顔を上げると、あれ、と空を指差した。

「肉眼でも見える星のかたまりがあるでしょう。あれが、プレアデス星団。まだ若い散開星団で一番好きなんだ。聞いたこと無い? ―――星は、すばる」

空を見上げて歌うように言った彼女の横顔に息を呑む。暗くてよく見えない筈なのに、横顔は薄青く輝いて見えた。私は眼鏡を押し上げ呟く。

「……枕草子ですね」
「さすが」

さんは、また笑った。彼女は微かな事にも嬉しそうに笑う。その笑顔はいつも胸を苦しくさせた。





点々と起こる事柄から受け取る感情の全てが彼女に集まっていく。
ひとつになる感情の、その名は。


('05.2.6)


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