受難/後編
「さん、大変です」
「え?」
柳生の扮装をした俺が名を呼ぶと、俺だと気付かないはきょとんとした顔をした。つい笑ってしまいそうになるのを堪え、手にした携帯を見せ続ける。
「仁王くんがこちらに向かっているようです」
「ええ?!」
「今日は部活も休みですから……」
は途端に落ち着きを無くした。さて、何処に連れて行こうか。
「ど、どうしよう……あ!」
「どうしました」
はバッグを掴んで教室を出る。慌てて追いかけると、辺りを窺いほっとしたような顔をした。
「どちらに行かれるのです?」
「……柳生ならいいか。隠れる当てがあるのよ」
は早足で社会科準備室に向かう。施錠されていなかったそこに入ると更に奥へと歩を進めた。ひっそりとあったドアを開けると古い地図や地球儀が並んだ狭い空間が広がっていた。
「……ここなら、大丈夫だと思う。しばらく隠れとくわ」
「こんなところが……」
嘆息しつつ呟くと、は携帯の着信に驚いたのか身を震わせる。スカートのポケットから携帯を出し何やら操作をしていたは、勢い良く画面から顔を上げ目を丸くして俺を見上げていた。柳生からのメールだったのだろう、思わず笑ってしまう。
「……ようやっと、捕まえた」
「……な!」
眼鏡を外し、口元をこする。現れたほくろを目にしたは息を呑んだ。
「だ、だまっ、騙したの!?」
「口の回っとらんよ、」
策士策に溺れる、という言葉が浮かぶ。近付くとは身を退いた。背中が壁に当たっても尚も逃げようとする。
「また都合のいいとこに逃げ込んでくれたのう」
「つ、都合のいいとこ、て」
必死で距離を取ろうとするに、唇の片端を上げた。
「誰にも邪魔されんところ、て言えばいいか?」
「や、あの、」
両腕を壁につけを囲い込み、目に入る唇の感触を思い出しながら問う。
「……何で、あんなことしたん?」
は顔を赤らめた。俺から目を逸らしながら口を開く。
「……つい、かっとなってやりました」
「何処の犯罪者じゃ」
脱力しそうになりながら返すとは口の中でもごもごと呟いた。それを無視して言い募る。
「全く……噂は立つし、賭けにはされるし」
「ご、ごめんなさい……」
「……まあ、噂は好都合やったけど」
「……え?」
潤んだ瞳で見上げられ、ため息をつく。誘ってるとしか思えない仕種に抑えが利かなくなりそうだった。
「……自分がどんな顔しとるか、分かっとらんやろ」
「どんな顔……て!」
鼻先が触れそうなくらい顔を寄せると、更に後ろに下がろうとしたの頭が壁に当たり、鈍い音を立てた。
「い、痛い……」
「……何しとるんじゃ」
手を伸ばすとは身を竦める。その小さな頭を撫でた。柔らかい髪に触れただけで鼓動が速くなる。抑えるように深呼吸して告げた。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫、だけど、近い……」
困ったように俯こうとするの頭を撫でる手に力を籠め引き寄せる。
「え……っ、ん!」
角度を変えて、何度も口付けた。酸素を求めてが口を開けても逃げることを許す気は無かった。これ幸いとばかりに舌をさし入れる。俺の腕を掴む手に力が籠り爪を立てられてもその柔らかな唇を味わった。まるで溺れるように。
「……は、っ」
ようやく唇を離すとは苦しそうに肩で息をしていた。
「な、何、するのっ」
「つい、かっとなって、な」
さっき言われたことをそのまま返すと、は頬を上気させ自分の口許を押さえた。可愛い、そう思った瞬間口にしていた。
「好いとうよ」
「ひえ……っ?!」
は混乱したように奇声を上げる。笑って彼女の頬に触れた。頬から唇へと感触を確かめるように指を滑らせるとは体を震わせる。
「て、訳でこれからよろしく」
「よ、よろしくって、何、が」
「お付き合いしましょう、いうことじゃ」
「えええっ?! どうして私とっ?!」
「さっき、好き、て言うたじゃろうが。それに、」
後ろで結わえた髪を抓まんで見せてから続ける。
「俺と付き合うたら思う存分この髪にも触れるし、悪い話じゃ無かろ?」
「……起きてたの!?」
さっきよりも顔を赤くしたは叫んだ。
「まさか襲われるとは思わんかったからのう……」
「おそっ、襲うって!」
「間違うとらんじゃろ?」
頬を撫でながら言うとは答えられず視線を彷徨わせた。
「責任は、ちゃんと取って貰わんとな」
―――その唇のせいで、自覚してしまったのだから。
再び唇を寄せるとは観念したように目を閉じた。
('07.7.24)
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ページタイトルは「防御から一転して攻撃にうつること」の意。
賭けのことを書きたかっただけなんですが、書き始めたら面白くなったので仁王視点も書くことにしました。