2*twinkle
「……何だぁ、あれ」
先日の席替えで私の前になったブン太は、後ろの席に座っている私を振り返って言った。私の辞書を持ち、自分のクラスに戻って行く雅治を怪訝そうに見ている。 さっきの遣り取りのことだろう。私にとってはルーティンワークに近い遣り取りは周りから見たら異常に見えるのかもしれない。私は頬杖をついてため息をつく。
「確認作業」
「何のだよ」
「私が、雅治を好きになってないか」
「はぁ?」
ブン太は眉を寄せた。
「意味分かんねー。つうか……お前は、それでいいのかよ」
「構わないけど」
「本当かー?」
「本当だよ。だって、」
言おうかどうか一瞬迷った後、私は口を開く。
「好き、って言わない限り、雅治が離れていく事は無いから」
ブン太はますます眉間の皺を深くした。
「……悪ぃ、オレそういうの分かんねぇ」
「だろうね」
「何でそんな七面倒くさい事やってんだよ」
「……どうしてかなあ」
解けない呪縛。逃げられない束縛。柔らかく私を包む雅治の拒絶を、逆手に取ってしまえばいい。好きじゃないと言い続けてあげる。好きなんて言ってあげない。そうすれば、私を拒めないでしょう? そうすれば、私を切れないでしょう?
逃がしてなんてあげない。先に仕掛けたのは雅治なのだから。それに。
……放っておけばいいのに、それは出来ないんだよね。
雅治は私を完全に突き放すことはしない。たぶん、目の届くところに置いていないと不安なのだろう。怖いものを目の前から消し去ってもいつまた襲ってくるか分からない。それなら、目の届く範囲に置いておいて警戒し続けておいた方がいい。
でも、そのずるさも、残酷になりきれないところも、私にとっては愛しく、私も手を離せない。たとえ切れそうに細い糸で結ばれているとしても必死に縋りつく。そこまで考えて心底嫌になった。
「……馬鹿みたいだよね」
小さく呟いた私にブン太は視線だけ寄越す。
私には壊す勇気も、抵抗する力も無いというのに。
***
「お、じゃん」
声に顔を上げると、雅治とブン太が立っていた。俯いて歩いていたせいで雅治に気付くのが遅れてしまった。舌打ちしたい気持ちを堪えてにっこりと笑う。
「部活終わったんだ? お疲れ様ー」
ブン太はガムを膨らませながら頷く。
「お前は何でこんな遅くまで残ってんだよ?」
「委員会の仕事があって」
雅治はふうんと唸って背を向ける。片手をひらひらさせながら彼は言った。
「気ぃ付けて帰りんしゃい」
「ん。分かった」
「え、おい、仁王! つか、も!」
ブン太が慌てたように私と雅治の腕を掴んだ。雅治は面倒くさそうに振り向く。
「何じゃ」
「お前ら、近所なんだろ? 一緒に帰ればいいだろぃ」
私はこっそりと嘆息する。雅治は大儀そうに口を開いた。
「カノジョ、待たせとるんでな」
「……え」
「もういいか? いいなら行くぞ」
私はブン太の袖を引き、首を横に振って見せる。納得のいかないような顔をしながらもブン太は雅治の腕を掴んでいた手を解いた。雅治の背中が小さくなっていくのを見ながら、ブン太は苦々しい顔をして言う。
「……っあー、もう、苛々する。お前、本っ当に趣味悪ぃな!」
「うーん、そこまで言うか」
仕方ねえ、そこまで一緒に帰ろうぜ、と言ったブン太に頷きながら、私は雅治のことを考えていた。
いつまで経っても交わらない私と雅治の道。時が経つほど遠ざかっているような気さえする。遥か彼方に歩いていく彼を見つめても、彼が私に気付いたとしても、その手が私に差し伸べられることは、無いのだ。それでも雅治は好きと言わない限り私を遠ざけない。
ねえ、何を考えているの? 私たちの間にイコールが置かれることは無いの? 苦しくて仕方ないのに逆らえない私が悪いの? 答えはいつまで待っても返ってこない。この問いは、いつまで経っても口には出せないのだから。
('06.11.22)
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