3*luminous
「仁王、別れたんだってさ」
私はメモを取る手を止め、発言者であるブン太を見つめた。柳に視線をずらすと、我関せずとでも言うようにノートに視線を落としている。国語のグループ発表で何故だかこのメンバーになってしまった。もう一人のメンバーである筈のは今日は風邪で休みだ。柳のお蔭か発表の内容はすんなりとまとまったのだけど。
「……何よ、突然」
「チャンスじゃねえの?」
私は一つ、ため息をつく。
「……平行世界、って概念があるじゃない」
私のセリフにブン太は眉を寄せ、柳は表情を変えなかった。
「はぁ? 何だぁ、それ?」
「パラレルワールドと言った方が耳馴染みがあるかもしれないな。この現実とは別に、もう一つの現実がどこかに存在するかもしれない、という概念のことだ。例えば……丸井、昼は弁当と、購買でパンも買ったのだったな。何を買った?」
「焼きそばパンとメロンパンとチョココロネ。それだけで勘弁してやった」
食欲旺盛なブン太に思わず笑みが零れる。柳は、まあいい、と言って続けた。
「そこで、焼きそばパンではなく、コロッケパンを選んでいた未来もあった訳だ。それに因って、何か変化が起きたかもしれないし、起きなかったかもしれない」
「……分かったような、分かんねえような」
「あくまで概念だからな。しかし、がSFに興味があるとは思わなかったぞ」
さりげなく馬鹿にされたような気がしないでも無かったけど、それに頷く。
「たまに考えるの。雅治が訊いた時、好き、って答えることも出来るじゃない。そしたら、その世界の、平行世界の私達は離れ離れになっているのかなって」
柳はあいからず表情を変えず、ブン太は更に眉を寄せた。
私が好きと答えたらどうなるんだろう。好きじゃない、と雅治に答えながら思っていた。でも容易に予想出来る。雅治は私を、簡単に手離すと。想像はいつもそこで止まった。想像だけで胸が苦しくなったから。
「何でそんな面倒なことばっか考えてんだ。好きなら好きって言えばいいだろ」
「……好きって言わない限り、雅治は私を拒絶しない」
呪文を唱えるように言った私に、ブン太は苛々したように返した。
「今の状態でそれを言うか? お前は平気って言うけど、全然そうは見えねえよ。そんなもん、無理に決まってんだよ!」
「丸井、」
一気に畳み掛けたブン太に、柳は嘆息する。
「言い過ぎだ」
「……悪ぃ」
私は力なく首を横に振る。ブン太の言うことは正論で、何も言い返せない。
「だが……丸井の言うことにも一理はあると思うぞ。このままでは確実に破綻する。いや、もう既に破綻しかけているのだろう?」
静かに落とされた柳の言葉は私を追い詰め、どんな表情を浮かべていいのか分からなくなった。
***
放課後、この前貸した辞書を返しに来た雅治はにっこりと笑った。
「、俺のこと好き?」
弧を描く雅治の唇から落とされたいつも通りの問いかけ。その瞳を見つめ返しても揺らされることは無い。
「雅治は?」
「……俺が、訊いとるんじゃけど」
雅治は不服そうに眉を寄せる。それを無視した。
「雅治は、私のこと好き?」
雅治は息を呑む。揺れることなど無いと思っていた瞳が僅かに歪んだ。
「……訊かれるばかりで、訊いたこと無かったから」
「……そうやのう」
「ねえ、答えてくれないの?」
私の問いかけに困ったように雅治は笑った。
「どうじゃろね?」
「私は、」
私は大きく息を吸った。速くなる鼓動で細くしか空気が入ってこない。苦しい。
―――でも、今までもずっと、苦しかった。
「私は、雅治のこと……好きだよ」
雅治は目を見開く。今まで見たことが無いその表情は、私を昏く、満たした。
('06.12.11)
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