4*glisten










「ちょっと、すっきりした、かな……」

呟きは誰も居ない教室に吸い込まれていく。あの後雅治は、そうか、と言った後何も言わず立ち去ってしまった。可笑しくも無いのに笑い出しそうになる。目に見える世界がぼやけていく。私は目を閉じた。閉じても涙は頬に零れ落ちた。

壊れそうだったものを壊してしまった。もう、我慢出来なかった。
……だって、私ずっと……壊してしまいたかった。
好きじゃない、と答える度に、私の心は削られていた。嘘を付くことなんて何でもないと思っていたけど痛みは蓄積されていった。必死で目を逸らしいていたけど少しずつひびが入っていた。それでも好きという気持ちが減ることは無かった。

予想通り、粉々に砕けた。これで終わりだ。すっきりした。なのに何で涙が出てくるんだろう。我慢しなくてもいいのに、幼馴染ということに縋りついて、嘘を付く必要も無くなったのに、涙が止まらなかった。

これでもう雅治は私に話しかけないだろう。それは少しの安堵と、大きな絶望を私にくれた。

ずっと、雅治にとって唯一無二の存在になりたかった。幼馴染であれば、好きと言わなければ離れることはない、そう思っていたけど、私だって手を繋いで一緒に帰りたかった。周りからあの二人は付き合っているのだと思われたかった。
雅治に、女の子として、見て欲しかった。
彼女が変わる度に、どうして私じゃ無いんだろうと思った。その相手を、雅治を、憎んだ。どうして自分は彼女を作るくせに、私を放り出してくれないのだろうと。私からは出来ないから雅治が拒絶してくれればいいと思っていた。ずるい私は自分から傷付く勇気が無いからそれを強く望んでいた。もうお前なんか要らん、と雅治が告げてくれることを、告げられたら泣くくせに、泣くと分かっていたのに、
……願っていた。

「……っう、」

息が苦しい。胸が、全身が痛い。吐きそうになるほど、嗚咽が漏れる。窓の外は嫌になるくらい綺麗な夕焼けで、この光景を一生忘れることはないと思った。



***



好きだと言って答えてもらえなくても日はまた昇る。眠れないまま空が明るくなるのを見ても、まだ学生である私は学校に通わなければいけない。のろのろと着替えながら何度目になるか分からないため息を吐いた。泣き過ぎで頭が痛い。それに寝不足が加わって目蓋がひどく重かった。
学校に行けば、雅治が居る。クラスが違うからそう簡単には会えないだろうけど、移動教室などで会わないとも限らない。会うと気まずいと思いながらも、会いたいとまだ思ってしまう。糸は断たれた、断ち切った、と思っても雅治の姿を追う私はとても、滑稽だ。



*



「あ……」
「……ああ。お早うございます、さん」

私に気付いた柳生くんは爽やかな笑顔でそう言った。雅治とダブルスを組んでいる柳生くんは何処と無く雅治と似ている。その姿は、今は心臓に悪い。俯きがちに挨拶を返した。

「おはよう、ございます」
「……どうしました? お具合でも悪いのですか?」
「え……ど、して」

心配そうに私を見る柳生くんの声は雅治を彷彿とさせて、似ているというだけでも私の心は喜んでしまうのか、と自虐的な気分になる。

「お顔の色が優れないようですが」
「……ちょっと、風邪気味で」
「そうなんですか。……ああ、そう言われれば、」

そっと眼鏡を押し上げながら柳生くんは言った。

「流行っているんでしょうかね、仁王くんも昨日具合が悪そうでした」



*



「よー……って何だぁ? 顔色悪ぃぞ」
「……おはよう、ブン太。ちょっと……眠れなくて」

ブン太はグレープの香りを振り撒きながら、ふーん、と唸った。

「寝れないような宿題、あったかー?」
「雅治に告白した」

ぱちん、とブン太が膨らましかけていたガムが割れる。眠い目を擦りながら、ブン太を見ると、大きな目を更に大きく見開いていた。

「……マジ?」
「マジ」
「……で、そんな顔ってことは……フラレたのかよ」

気を遣うように語尾を小さく言うブン太が可笑しくて私は笑う。

「何も、言ってもらえなかった」
「……そっか」

ブン太はそれだけ言ったきり、黙ってしまった。いつもだったら騒ぎそうなのに。
根掘り葉掘り訊かないブン太の優しさが身に染みて何だかまた泣きそうになった。



*



うとうとしながらも何とか授業を受け終えた。寝不足なのに、体は疲れているのに考えることを止められない。告白なんて、止せば良かった。すっきりした、と思ったのは一瞬で後悔ばかりが頭を占める。今まで通り答えていれば良かったのに、どうして壊してしまったの。今まで我慢してきたじゃないの。そう自問自答してみても、口に出してしまったことを取り戻す術は無い。帰りのHRが終わると、ブン太は心配そうに私を振り返った。

「……おい、大丈夫か」
「うん、大丈夫」

作り笑いを顔に貼り付けて答えると、ブン太は何か言いたそうにしたけど止める。そして、気持ちを切り替えるように一つため息をついて笑った。

「じゃあ、また明日な」
「……ん。部活頑張ってね」
「おう」

ブン太に笑って手を振る自分が不思議だった。ぼんやりしながら鞄に教科書を詰める。外は昨日と同じように綺麗な夕焼け。目に沁みるようなオレンジに自然と涙が湧いて来そうになった。上を向いてそれを堪える。大丈夫、今はまだつらいけど大丈夫。確信は無いけど、きっと乗り越えてみせる。大きく深呼吸して帰り支度を整えていると、音を立てて教室のドアが開く。

「……雅治?」
「靴の、まだ、あったけんが」

ドアを開けたのは雅治だった。雅治は、一緒に帰らんか、と言った。


('06.12.26)


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