4.SB





、」

後ろからの声に私は振り向かなかった。

「蓮二から、聞いて……」

呼吸が僅かに乱れているように聞こえるのは気のせいだと思いたい。大きく息を吸って口を開いた。

「柳が来てくれて助かったわ。あのままだらだらと練習時間を削られるのは腹立たしいもの」
「……言っておくけど、俺はそこまで優しく無いよ」

珍しく硬い響きの幸村の声に涙を拭うことも忘れて振り返る。

「人に言われたからに喋りかけてた訳じゃない。大体人に言われたぐらいで、俺がそうすると思う?」

私が何も言い返せず突っ立っていると、幸村はジャージの袖で私の頬を拭ってくれた。驚いて見つめているとスポーツ飲料の缶を差し出す。

「水分補給、したら」
「……何それ」

可笑しくて思わず笑ってしまった。有難く缶を受け取り、プルタブを開けて口をつける。体中に染み込んでいくようだった。泣いたせいか、何だか気が抜けて座り込む。咽喉を通る冷たい感触は心地良かったし、陽射しは眩し過ぎず、暑過ぎず、いい陽気なのに体だけが重かった。疲れた、なんて大人みたいなことを考えてしまう。

「……したたか、っていうのは悪いことじゃないと思うんだ」

膝を抱え顔を埋めていた私が顔を上げると幸村は真剣な顔をしていた。こんな時なのに両胸の間が疼く。

「知ってる? したたかって、強いっていう字を使うんだよ。どうせならうまく立ち回らなきゃ。この前、理科の授業でやっただろ、電気抵抗。強過ぎる抵抗は電流を通りにくくするんだ。それと一緒。今のままだと損するばかりだよ。抵抗が少ない方が楽だと思わないか」

幸村の言ってることは分かる。でも頷けない。一度意固地になってしまった心をどうやってほどけばいいのか分からなかった。鼻がつんとしそうになるのを深呼吸して堪える。

「……私に、媚びろっていうの」
「そうじゃない」

幸村は諭すように首を横に振った。

「あからさまに拒絶するんじゃなくて、受け流せばいいんだ。試しに笑って返事してみなよ? 相手の反応がだいぶ違ってくると思うよ。は可愛いんだからそれを生かさないなんて勿体無い。あるものは何でも使わなきゃ」

可愛い、と言われ顔が赤くなりそうになる。

「……前から思ってたけど、幸村って腹黒いよね」

誤魔化すように返すと幸村は声を立てて笑った。

「世渡り上手と言って欲しいな」
「……ありがと」
「ん、その調子」

私の頭をくしゃくしゃと撫でて幸村は言う。その優しい手の感触にまた胸が疼いて、緩みそうな唇を必死で引き結んだ。


('07.2.19)


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