クロゼットフリーク・2
朝、目を覚ますと彼女の姿は無かった。乱れたシーツと、ゴミ箱の中身だけが夢では無かったと教えてくれる。しばらくぼうっとしていたが、朝練に遅れる訳にはいかない。顔を洗おうと洗面所へ向かい、鏡を覗き込んだ。
「……やられた……」
思わず、笑ってしまった。俺の頬には、彼女のグロスの色のキスマーク。指で拭い取り、それを見つめた。
……こんな事されても気付かん程寝入っとったんやな。
込み上げる笑いに、思い出してきた。あの後、二回ほどヤったけど、飽きる事は無く。眠気さえ襲ってこなかったら、もっと回数を重ねていただろう。
……まあ、ええか。
俺は顔を洗うべく、蛇口を捻った。
***
頬に残したグロスと同じ色の唇で隣の男に合わせてが笑っていた。楽しそうに見えるけど瞳は笑ってないから、退屈してるんだろう。何故か、そう思った。男が席を立った隙に彼女に近付く。
「この前はドーモ」
は顔を上げ、面白そうに目を細め、笑う。
「こちらこそ」
「……なあ、ウチ来る?」
唐突に言った言葉に彼女は目を瞠った。そして、グラスの中身を飲み干して立ち上がる。
「ええの?」
「何が?」
「さっきの。話してたん、ちゃうの?」
「いいの。……分かって言ってるんでしょう?」
くすくす笑いながら言うので肩を竦めて見せた。
「」
名を呼ぶと嬉しそうに笑った。俺の下で甘い声を漏らし、その肢体を捩る。
同じ女と二回以上逢瀬を重ねるなんて初めてだった。何度しても、飽きる事が無い。むしろ、もっと、と躰が熱望する。躰が合う、とかよく聞くけどとはそれだと思った。
***
それから。
を見かける度に声を掛けた。俺が居ない時は他の男に抱かれているのかと思うと何となく面白くなかった。
とのセックスは勿論、話していて頭の回転が速い事が気に入っていた。たまに旨そうに煙草を喫う事、ジンが好きな事、セックスが好きな事。それだけが、彼女に関して知る事の全て。
何時しかの事が気になっている自分に気付いた。もっとの事が知りたい。躰だけじゃなく。まるで、恋みたいだ、と思いついて驚いた。
***
「大丈夫なの?」
は俺の指の間の煙草を見て、自分もシガレット・ケースを取り出す。メンソールの煙草を細い指で挟み、は火を点け、言った。
「何がや?」
「テニスやってるのに、煙草喫って大丈夫?」
俺は少し、面食らった。
「……俺、テニスしとるてジブンに言うたっけ?」
は一口吸い込み、ふう、とため息のように煙を吐く。
「……言ったよ? 覚えてないの? 部屋にラケットあったの見たし」
その様子は何処かおかしいと思ったけど、知らないふりをした。深入りするのは危険だ、と思ったから。
「そうかい」
「そうだよ」
くすくす笑って灰を落とす仕種は年季の入ったものだけど、手は幼い。小さくて、柔らかそうで、うっすらと血管が透けている。爪は整えられていたけど、作り物みたいだった。俺は灰皿に半分しか喫っていない煙草を押し付け、消す。
「今日……来るやろ」
「……うん」
ほんの少し、嬉しそうに笑ったような気がしたのは、俺の希望的観測だろうか。
('04.10.9)
BACK / NEXT
|