期間限定・3
は姿勢のいい女だと思う。移動教室や集会で彼女を見かける度にそう思った。ぴんと背筋を伸ばし、きびきびと歩く。ただ、俺と擦れ違う事がある時は、ふ、と嬉しそうに笑った。そして目礼をして通り過ぎる。依然として、朝と昼と会いに来ていたが、決して話しかけてきたりはしない。それが何だか居心地が悪かった。付き纏うと宣言した割に、積極的に来る訳でも無い事が。
は、俺の邪魔になるような事はしない。そうっと忍び寄って、同じように去って行く。
まるで、そこでは何も起こらなかったように。
***
部活を終え着替えていると珍しく思案顔の跡部が俺に向かって呼びかけた。
「……なあ、」
「あとべ! ちょっと聞きたい事あるんだけど!」
それを大声で遮ったのは慈郎だった。跡部は眉間に皺を寄せる。
「何だよ、慈郎」
「ちょっと、ちょっとこっち!」
跡部は、ち、と舌打ちして焦ったように呼ぶ慈郎に歩み寄って行った。俺は視界の隅に二人の姿を入れながら着替える。二人は何事か小声で囁き合い、跡部が頷くと慈郎は安堵したように笑った。俺はバッグを肩にかけ、着替え始めた跡部に声をかける。
「跡部、何か言いかけんかったか?」
「ああ……。大した事じゃねえ」
「大した事やないて」
俺を、じろり、と睨みつけ跡部は言う。
「んだよ、文句あんのか?」
「や、無いけど」
「じゃあ、いいだろ。さっさと帰れ」
釈然としなかったが、それ以上訊いても答は返ってこない事は分かっていたので俺は部室を後にした。
***
昼休み、何時ものようにが現れた。
「こんにちは」
「……ジブン、ちゃんと飯食うて来とるん?」
俺がパンを食いながら言うと、彼女は目を瞠る。
「食べてるよ? どうして?」
「昼休み始まったら直ぐ来るやろ」
は嬉しそうに笑った。
「食べるの、早いの」
「ふーん。ま、消化不良起こさんようにな」
は頷き、じゃあ、と笑顔のまま教室を出て行った。そこで、気付く。いつもはが来ると岳人は楽しげに話しかけていたのに今日は大人しかった事を。
「どうした、岳人」
「……え、何が」
岳人は丁度卵焼きを口に入れようとしていたところだった。
「何や、大人しかったやん」
「あー……うん、まあ」
ず、とパックのウーロン茶を一口飲んで岳人は言う。煮え切らない態度を訝しく思いながら、俺は残りの昼食を片付けた。
***
「おはよう」
はにっこりと笑って言った。そういえば、彼女とする挨拶は朝か昼だな、と思った。当然だ。それ以外で彼女と言葉を交わした事は無いのだから。
「おはよう。じゃあな」
「忍足くん」
彼女が俺を呼び止める事など初めてだったので、俺は驚きつつ振り向いた。
「……何」
「今日で、一ヶ月なの」
「……ああ」
は、ふふ、と小さく笑った。白い息がふわふわと空に消えていく。
「もう、付き纏わないんで安心してください。では、部活、怪我しないようにしてね」
くるり、と。 が背中を向けた瞬間右手が動こうとした。でも、動けなかった。動かさなかった。俺はふいに沸き起こった自分の感情に戸惑う。
……何で。
その背中を見送っていると、は一度も振り向かず、校舎の方に歩いて行った。
('05.1.14)
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