4 ささやかな祈り (時間を止めて、未来に別れを)
「ねえ、、今夜合コンあるんだけど」
授業中、が囁いた。
「うーん……ごめんね。レポートあるし、気が乗らないし」
前を向いたまま返すと、は板書を書き取る手を止め、こちらを向く。
「……まだ、引き摺ってるの?」
「え?」
一瞬、何を言われているのか分からなくて訊き返すと神妙な面持ちでは言った。
「元カレ」
心配そうな表情に、私はこっそりと笑う。
「違う、違う。もう、何時の事よー」
*
元彼と別れて、もう半年以上経つ。
私が上京したせいで地元で進学した彼とは遠距離恋愛になってしまった。最初の一年は、何とか保ったのだけど、すれ違いが続いて、その内、彼に好きな人が出来た。何となく、おかしいな、とは思っていたけど、信じたくなくて見ないふりをしていた。
「好きな子が居るんだ。だから、別れたい」
そう告げられた時驚いたけど、どこかで、やっぱりね、と思った自分が居て、ただ頷いていた。
別れたくなんて無かった。みっともなくてもいいから、嫌だと叫びたかった。でも、肝心な所で私は踏み込めない。それに、分かってしまった。彼の言葉と、彼がわざわざ告げた事実で。
もう、元には還らないって、仕方ないって。
付き合って居た人だからこそ、好きな相手だからこそ、分かることもある。
彼はもう、私より、その人の方が大事だと。
それでもいい、と言えるほど私は大人じゃなかったし、嫌だ嫌だと泣き喚くしか出来ないほど子供でもなかった。
しばらくは身を切られるようにつらかったけど、泣いて過ごしたりもしたのだけど、時間は最高の癒しの薬。三ヶ月も経つ頃には、前みたいに笑えるようになった。
何て薄情なんだろうと思ったけど、あの時、好きだった気持ちは嘘じゃない。ただ、薄れて平気になったというだけ。思い出すだけで胸の奥が痛むし、消えてしまった訳じゃないから。
*
「確かに、だいぶ経つけど。引き摺る人は引き摺るって言うでしょ。どうする、また付き合おうとか言われたら」
「うーん、嫌いになって別れた訳じゃないから、まだ好きだなあと思うけど、付き合うのは無理だよ」
「無理?」
「やっぱり遠距離は向いてないって思って。今は、離れてて良かったって思うけどね」
遠距離のおかげで、別れた後の姿を目にして苦しむ事は無いから。別れる前はデメリットでしかなかった事が、別れた途端メリットになるなんて皮肉なものだ。
「じゃあ、傍に来たら?」
「ありえない」
これには即答した。
「例えば、よ。どう?」
の問いに、手を止めしばし考え込む。
「……それでも、無理だと思うな。また、別れようって言われるんじゃないかと思ってしまうだろうから」
「ああ……、そうかもね」
復活愛とか、一度だめになって、やり直す事もあるだろう。でも、私には向いてない。また別れるんじゃないか、って疑心暗鬼しながら付き合うのなら、もう、繰り返さない方がいいと思う。ぎりぎりのところで信じられないような気がする。
きっと、薄れていったものはそういう感情なのだ。
***
「最近、あったかくなったなあ」
「そうだねえ」
忍足くんが喋る声は、低く甘く、夜空に溶けていく。あいかわらず、些細な事しか話さないけど、私はこの時間を楽しみにしていた。ささやかだけど、私の心を温める。もっと、もっと話してみたい気もするけど、このくらいが丁度いいのかもしれない。
「あー、どっか、出かけたいわー」
「忙しいの?」
「レポートばっかりやねん」
「そうなんだ」
でもたまに、このまま時が止まれば良いなあなんて思ってしまう。内容なんて無いけど、穏やかな空間を維持したいなんて。
……慎ましい願いじゃない?
自分の考えが可笑しくて笑うと、忍足くんは不思議そうな顔をした。
***
「そう言えばさ、」
「うん?」
は私のノートを写しながら口を開いた。
「忍足くんとはどうなってるのよ」
には、忍足くんとたまにベランダで煙草を吸いながら話す、ということを話していた。
「どうなってるって……どうなってて欲しいの」
訝りながら訊き返すと、にや、と笑って言う。
「ベランダで会う内に恋心を抱いて、とかだったら面白いのになあ、と思ってる」
「……、ノート返して」
「やあだー、ちゃんたらっ! 軽い冗談じゃないー」
楽しそうに言うに、ため息をついて見せる。
「確かに、格好良いなあとは思うけど……何も知らないし」
「知ったら好きになるの」
「そういうんじゃ無いでしょう」
を軽く睨むと、は笑ってノートを写すのを再開した。私は次の講義のテキストを捲りながら忍足くんの事を考えていた。
お隣さんで、たまに言葉を交わすというだけの事。
その事が、胸の奥に甘く響く事はある。だけど。
「違うよ、きっと」
「……そう?」
「……あからさまに面白く無さそうな顔しないでよ」
私の言葉には、面白くないもん、と言い放つ。
「あのねえ、」
「おーい、ー、ー」
「宍戸くん。何?」
「今度の金曜、ゼミの飲み会だってよ」
「え、また?」
「そ、急遽決まったんだ。どうする、参加するか?」
面倒見のいい彼は、よく飲み会の幹事を任される。
……また、断りきれなかったんだろうな。
浮かびそうな笑いを堪えた。
「うん、行くよ」
「はどうする?」
「参加するー」
「分かった。じゃあ店が決まったら連絡するな」
笑った彼に、と二人頷いて見せた。
('05.9.27)
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