5 遅れて聞こえる音 (予感)
「おー、ちゃんも夕飯の買い物か?」
「忍足くん」
レジに向かおうとしていたら、精算を済ませたらしい忍足くんが立っていた。買い物袋を持つ姿がこれだけ様になる人も珍しい。
「今日は何?」
「今日は筑前煮です」
「ちゃんと料理してんのやな」
「嫌いじゃないから。それに冷凍野菜を使うから、手間はかからないんだよ」
「へえ。じゃあ、今度食わせてや」
「え」
何を言われたのか、よく分からなかった。ここに出てくる会話じゃない、と思って彼を見つめると、悪戯っぽく続ける。
「……なーんてな、冗談」
急に心臓の鼓動が速くなって、耳鳴りみたいに全身に響いて、立っていられなくなりそうだった。私は必死に笑顔を作って返す。
「……やだなあ、からかって」
忍足くんは、そんな私に気付かず笑った。
「すまんて。じゃ、お先に」
「あ、うん」
背中を見送りながら、私は胸を押さえる。両胸の間が、悲鳴を上げてるみたいに痛かった。
……そうか、私。
閃いた感情に深呼吸をする。それはまるで光った後に遅れて聞こえる花火の音みたいだった。
……忍足くんが、好きなんだ。
その思考に、思わず笑ってしまう。自分がぼうっとしてるとは思ってたけど、気付くのが遅過ぎると。
……違うか。
認めたくなかったんだ。
好きな人が欲しいなんて嘯いてたけど、また傷つくのが怖くて、いいな、と思ってもそれを深く感じないようにしてた。本当はずっと惹かれていたのに。本当は、ずっと鼓動を速くしていたのに。
もう一度深呼吸して、私はレジに向かった。
***
「―――忍足?」
飲み会が始まって一時間、アルコールの勢いも手伝って、隣に居た宍戸くんに何時の間にか問うていた。
「うん、どんな人なのかなあって思って」
宍戸くんはジョッキを手に少し考え込んだ後、口を開く。
「何つーか、要領がいい、とか、そんな感じだな」
「要領がいいって?」
「なに、何の話?」
お手洗いから戻ってきたは、私の隣に座り込み、向かい側にあったグラスを手に取る。
「忍足」
宍戸くんの言葉を聞くと、は、にや、と笑った。
「何よ、その笑い……」
私は誤魔化すように、サワーの入ったグラスに口を付ける。
「やっぱり気になるんだ?」
沈黙を守っていると、宍戸くんとは話し出す。
「忍足くん、もててたよね」
「人当たりは良かったからな。優しいっていうか、気が利くって言うか」
「んん? 引っ掛かる言い方するね」
が訊くと、うーん、と宍戸くんは唸る。
「誰に対しても、一定の距離をとるんだアイツは」
「どういう、意味?」
空になったグラスをテーブルに置いて言うと、宍戸くんはまた唸る。
「上手く言えねえけど、ある程度仲良くなったらそこまで、って感じがする。それ以上は踏み込ませないような」
「宍戸くんとは? テニス部は意外と仲が良かったように見えてたんだけど」
が首を傾げると、宍戸くんは苦笑する。
「まあ、そういう内情が分かるくらいはな。彼女に対してもそういう態度だった訳で、あんまり……続かなかったみたいだな」
そう言ってジョッキを傾けた。
「ああ、そうだねえ。それでも切れ目無く彼女が居なかった?」
「だから、次々に告白されてただろ。それだよ」
「ふーん。宍戸くんは彼女と長いよね?」
「ばっ……!!」
唐突なの質問に、宍戸くんは飲みかけていたビールをふき出しそうになった。
「おま、オマエなあ、っ!!」
「へー。宍戸くん、彼女と長いんだ?」
ビールのせいだけじゃなく顔を赤くして、宍戸くんは眉間に皺を寄せる。彼女が居ることは知っていたけど、誰、とか、どういう人だ、という事は知らなかった。はきゃらきゃらと笑う。アルコールが入ると、は更に陽気になるのだ。
「高等部の頃から付き合ってるんだよー。すごく可愛いの!」
「俺のことはいいだろ!」
「まあまあ、宍戸くん。おかわり頼む?」
くすくす笑いながらお品書きを差し出した。ほろ酔いだし、話は楽しいのだけど、頭の隅の方が冴えていく。
……そっか。
笑いながらも、心の奥がすう、と寂しくなるのを感じていた。
……誰にでも優しいんだ、彼は。
初めて言葉を交わした時も、その後も、嫌な事は言わないし、踏み込むような事は言われた事が無い。それは多分、自分がされたくないから。別れた、と話してくれた時に感じたことを思い出して納得した。
……勘違いして馬鹿みたい。
それでも、気付いてしまった恋心は、さわさわと胸の奥で震えている。
……もう、手遅れなんだけどね。
目の前のお皿に箸を伸ばしながらこっそりとため息をついた。
('05.10.6)
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